この眼鏡っ娘マンガがすごい!第134回:ゆうきまさみ「機動警察パトレイバー」

ゆうきまさみ「機動警察パトレイバー」

小学館『週刊少年サンデー』1988年17号~94年23号

本作も厳密に言えば「眼鏡っ娘マンガ」ではないが、眼鏡表現の歴史を考える上で絶対に外してはならない重要作品である。しっかり確認していこう。

まず眼鏡的に絶対に認識しておかなければならないのは、この作品が「メガネ男子」浮上の起爆剤となっている事実である。具体的には、シャフトの内海課長と黒崎の二人がメガネ男子萌えを浮上させたと言っても過言ではない。何が画期的だったのか客観的に確認するために、コミケカタログのサークルカットに眼鏡キャラがどれくらい描かれているかを調査した結果を見てみよう。
下グラフは、コミケカタログのサークルカットに描かれた眼鏡キャラの数を全てカウントし、それを全サークル数で割って、「コミケカタログの中の眼鏡キャラ登場率」を算出したものである。

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一瞥して1980年代にメガネくん登場率が低いことが明らかだが、これは「キャプテン翼」や「聖闘士星矢」や「サムライトルーパー」など眼鏡キャラが一人も登場しない作品が全盛だったためである。まれに眼鏡をかけた若島津(キャプ翼のキャラ)や水滸のシン(トルーパーのキャラだ)が描かれることなどはあったが、眼鏡キャラそのものが前面に出てくることはまったくなかった。
その状況を一変させるきっかけになったのが、本作「機動警察パトレイバー」であった。1990年代から内海&黒崎のダブルめがね男子がコミケカタログのサークルカットに頻繁に現れるようになり、明らかに潮目が変わる。「パトレイバー」が開けた突破口から立て続けに「サイバーフォーミュラ」のグー×ハー、「スラムダンク」の三×暮が旋風を巻き起こし、たった数年でメガネ男子というジャンルができあがった。現在まで継続して発展し続けているメガネ男子萌えの起点にあるのが「パトレイバー」の内海×黒崎であるという客観的な事実は、しっかり確認しておきたい。

そして描写技術的に指摘しておきたいのは、内海課長が極度の近眼であるのに対し、黒崎はダテ眼鏡であるという事実だ。これは、「光学屈折」の表現から認識できる。下の引用図を見ていただきたい。

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内海課長の顔の輪郭は眼鏡レンズの光学屈折によって大きくズレているのに対し、黒崎の顔の輪郭には光学屈折が確認できない。引用したページ以外でも、例外なく、である。ゆうきまさみの光学屈折表現に対する姿勢を考えれば、内海課長の顔の輪郭がことごとくズレていて、黒崎が一切ズレていないのは、もちろん偶然ではない。意図的な描写だ。つまり、言葉で解説されなくとも、内海課長は極度の近眼で、黒崎はダテメガネであることが、しっかり認識できるのだ。ゆうきまさみが自然な光学屈折描写をおこなっているからこそ、初めて可能な認識である。近視矯正メガネとダテメガネをしっかり描き分ける作家が、他に何人いるだろうか? 希有な存在である。

下に引用した図も見ていただきたい。特に左上のコマのレンズの中に注目しよう。

134_03光学屈折によって腕と服の袖の輪郭がズレているのが分かっただろうか? この場面は内海課長が「別のメガネにする」というたいへん重要なシーンなのだが、わざわざ左上のコマで「新しい眼鏡も極度の近眼用レンズ」ということを示しているのである。これが重要なのは、内海の眼鏡が「見られる」ための眼鏡ではなくて、「見る」ための眼鏡であるということだ。内海課長の眼鏡は、主体的に「世界を見る意志」を体現している。そしてそれは彼の生き方そのものである。一方、黒崎がダテメガネであるということは、それが「見られる」ことを意識した眼鏡であることを示唆している。この差が、そのまま内海課長と黒崎の間の心理的な齟齬になっていくのである。

となると、下に引用したページはどのように読むことができるか。

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単行本では3巻。ヒロインの野明がオフを楽しむ場面なのだが、顔の輪郭がレンズによってズレていないので明らかにダテメガネであることがわかる。そしてそんな野明に、男が声をかけている。ナンパだ。作中、野明には色気がないような描写が繰り返されるが、そんな野明が、眼鏡をかけているときはナンパされるのだ。明らかに魅力が増しているのである。実際、眼鏡かけてるほうがかわいい。濃い眉毛と眼鏡の相性は良いのである。
てことで、次回は眼鏡描画技術がさらに進化を遂げた「じゃじゃ馬グルーミンUP!」を見る予定。

書誌情報

各種媒体でアクセスできる。電子書籍でも読むことができる。

Kindle版:ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』
文庫版セット:ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』全11巻
ワイド版:ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』

 

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