この眼鏡っ娘マンガがすごい!第62回:耕野裕子「ほんの少し抵抗」

耕野裕子「ほんの少し抵抗」

集英社『ぶ~け』1980年11月号

062_01「少女マンガの王道は、眼鏡のまま幸せになる」と訴え続けて、早10年。残念ながら世間ではまだまだ「少女マンガでは眼鏡を外すと美人」という誤った信念がまかり通っているので、本物の少女マンガの実例をたくさん挙げていきたい。

本作のヒロイン眼鏡っ娘は、密かに軽音部の斉藤くんのことが好き。でも、チビでニキビで跳ねっ毛で眼鏡という自分の容姿に劣等感を持っていて、告白なんかできっこない。そこで、唯一自分の意志で外すことのできる眼鏡を外してみようとする。この眼鏡を外したときの、どうしようもなく情けない姿の描写が素晴らしい。眼鏡っ娘は近眼で前が見えないので、フラフラしているうちに、斉藤くんとぶつかってしまう。斉藤くんが「メガネどうしたんだよメガネ」と抗議すると、眼鏡っ娘は「抵抗だったのよ」と言う。斉藤くんが、このセリフをスルーせず、眼鏡っ娘の曇った表情を見てしっかり「?」と気が付いているのが、さすが少女マンガのヒーローだ。

062_02眼鏡っ娘がぶつかったせいで遅刻してしまった二人は、居残りで宿題をすることになる。教室に二人きりになったときに、斉藤君は「抵抗って何の事」と聞く。最初はとぼける眼鏡っ娘だったが、「容姿への抵抗」と白状する。「わたしの容姿におけるあらゆる欠点の中で唯一自分の力をもって対抗しうるメガネをとるという行動」ということらしく、うだうだと言い訳を続ける。が、斉藤くんは「くっだらん」と一蹴するのだ。
さて、ここからの斉藤くんの一連の言動が、究極に男前だ。男のなかの男だ。我々も、斉藤くんにならって、眼鏡を外そうとする女子には、ぜひこう言わなければならない。「メガネしてるから、あんたなんだろうが」と。くあああぁぁ、カッコいい! これこそ少女マンガのヒーロー! さらに畳み掛けるように、「それとったらあんたじゃないって事だろ」と続ける。すげえ!一生のうちに一回は言ってみてえぇぇ!
そしてそのあとのやりとりが、決定的だ。この斉藤くんの精神を、ぜひとも世界中に広めたい。

062_03

眼鏡っ娘は「そんな事いっても、男の人だって、女の子は顔がいいのやメガネしてないのがいいっていうじゃない!」と反論する。が、斉藤くんはクールに「それは人間のできてない男のいうセリフ」と諭す。これだ。これが世界の真理だ。眼鏡を外そうとする奴は、例外なく人間ができていないのだ!

耕野裕子は、80年代から90年代にかけて集英社『ぶ~け』のエースとして活躍。青春の甘酸っぱい一瞬を切り取って、繊細なセリフに乗せて表現するのが上手い。若いゆえに視野が狭く、だからこそ同時に純粋な人物たちの、傷つきやすく壊れやすい心の葛藤と成長を、胸が締め付けられるようなエピソードで描いていく。たいへん優れた青春作家だ。本作はまだ青春作家として花開く前の作品ではあるが、「人間というものの本質」に迫ろうという意志は各所に見える。人間の本質を描こうとする作家が、眼鏡っ娘の眼鏡を外すわけがないのだ。眼鏡っ娘の眼鏡を外すのは、「人間のできてない」マンガ家だ。

■書誌情報

本作は30頁の短編。単行本『はいTime』に収録。Amazonを見たら古本にひどいプレミアがついてたけど、古本屋を回れば200円で手に入ると思う。

単行本:耕野裕子『はいTime』(ぶ~けコミックス、1983年)

■広告■


■広告■