この眼鏡っ娘マンガがすごい!第64回:惣領冬実「あたしきれい?」

惣領冬実「あたしきれい?」

小学館『別冊少女コミック』1994年3月号

054_hyou「眼鏡っ娘起承転結構造」については、田渕由美子を紹介するところ(第54回)で詳しく見た。起承転結構造は、その後も少女マンガのスタンダードとして描き続けられていく。それは物語構成が真似をされているということを意味しない。なぜなら、「ほんとうのわたし」と「ほんものの愛」について真剣に突き詰めて考えると、だいたいこの結論に行きつくからだ。起承転結構造は人類の普遍的な思考様式なのであって、だからこそ説得力があるのだ。それは思想史的には「弁証法」という形式で説明されるのだが、思想史的論理は機会を改めて確認するとして、まずは豊富にある実例を確認していきたい。

本作の眼鏡っ娘は、16歳。眼鏡のうえに、身長172cmもコンプレックス。片思いの先輩にも、告白なんてできっこない。対照的に、友達のまゆみは背が小さくてとてもかわいい。憧れの先輩とも普通に話すことができる。眼鏡っ娘は一念発起して努力してキレイになろうとしてみたものの、憧れの先輩には顔のことで笑われてしまう。「起」は、眼鏡をかけて、愛が無いところから始まる。結局、憧れの先輩は可愛いまゆみとつきあうようになる。

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そんなこんなで、高校生時代はまったくモテなかった眼鏡っ娘だったが、東京の大学に進学してから環境が大きく変わる。背が高いところに目をつけられてモデルに勧誘されて、これが大当たり。プロのメイクさんが手を加えたところ、びっくりするような美人になる。憧れの先輩も、この美人があの眼鏡っ娘だったとは気がつかない。そして、まゆみにフラれたらしい憧れの先輩からも、とうとう告白される。眼鏡っ娘は、眼鏡を外してモテモテになってしまったのだ。「承」では、眼鏡を外して愛を獲得する。先輩は「人間見た目じゃないね」などと言って、なかなかデキた人間かのように思われた。

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だが、そんな眼鏡を外した愛など、欺瞞に満ちていた。高校の同級生だったまゆみが先輩のことを追いかけて東京までやってくるのだが、太ってブスになってしまったまゆみに、先輩は酷い言葉をかける。「オレは見た目の悪い女とはかかわりたくないんだ」なんてセリフ、どんだけクズなんだ、この男。実は先輩がまゆみにフラれたというのはウソで、ブスになったまゆみはお払い箱になっていたのだった。そんな場面を偶然目にした眼鏡っ娘は、これがマヤカシの愛だったことを知り、再び眼鏡をかけ直す。「転」では、眼鏡なしの愛など、ただのマヤカシだと知る。

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ウンコのような男に幻滅した眼鏡っ娘は、男になんか頼らない女性のための女性の美しさを目指して、プロのメーキャップ師を目指す。もちろん眼鏡をかけたまま働く。田舎の母は、眼鏡無しの写真をひそかにお見合写真に使って逆玉を狙っているが、眼鏡っ娘の方はもちろん見た目に寄って来る男と結婚するつもりなどない。お見合い本番は眼鏡で登場し、写真の美人と眼鏡の自分とは別人だと言って、顔目当てでやってきたクズ男をギャフンと言わせてやるのが常だった。そして次のお見合いも、そうなるはずだったのだが。そこに思いがけなく、真のヒーローがやってくる。女を見た目で選ぶのではなく、人格で好きになった男がやってくる。この男がメガネくんであるところに、運命を感じざるを得ない。こうして眼鏡っ娘が「ほんとうのわたし」と「ほんものの愛」を獲得して、「結」となる。

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惣領冬実は、強弱のない淡泊な描線で構成された白い画面が魅力的な、都会派センスに溢れたストーリーを紡ぎだす優れた作家。コマ割りも非常に読みやすく、一見しただけでも卓越した画面構成力を持つことが分かる。そんな実力作家が、眼鏡を外して美人でハッピーエンドなどというマヌケなマンガを描くわけがないのだ。真剣に人間を描くことを追求したとき、必ず起承転結構造が降りてくる。世界の真実を求めた時、眼鏡っ娘は眼鏡をかけたまま幸せになるのだ。

■書誌情報

単行本『天然の娘さん』2巻に収録。長編をきっちり描ききることで定評のあった惣領冬実が短編連作を試みたという意味でも、興味深い作品。電子書籍で読むことができる。

Kindle版:惣領冬実『天然の娘さん』2巻(フラワーコミックス、1994年)

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