この眼鏡っ娘マンガがすごい!第49回:雁須磨子「いばら・ら・ららばい」

雁須磨子「いばら・ら・ららばい」

講談社『One more kiss』2007年3月号~09年7月号

049_02茨田あいは、眼鏡っ娘24歳フリーター。とても美人で、スタイルもいいのに、要領よく世の中を渡っていけない。というのも、他人とコミュニケーションをとるのが苦手だからだ。他人の何気ない一言で傷ついて、ふつうにしていても他人の心を傷つけてしまう。そして自分が傷つくことよりも、他人を傷つけることのほうに心が痛む。そしてさらにコミュニケーションが苦手になっていく。そんな不器用な茨田さんが、新しいバイトの職場で、同じように生き辛さを抱えた人たちと一緒に、ゆっくり心を繋げていくお話し。

世間では「絆」なんてスローガンがもてはやされて、人間関係をハリウッド映画に登場する家族のように人工的に構築しようとしている勢力もあるけれど。まあ、たまにはそういうのもいいかもしれんけど。でも、人と人との繋がり方って、それだけじゃないよなあと。声の大きい体育会系が「絆」なんて言葉を元気に前面に打ち出せば打ち出すほど、隅っこで縮こまるしかないような人間だって、世の中にはいるんだよ、と。そういう生き辛さを抱えた面倒くさい人たちが、それでも自分の足で立っていられるのは、取るに足らない具体的なコミュニケーションを少しずつ積み重ねるなかで、「伝わった」という実感をほんの少しだけでも確認できるから。本作は、そんな細かなコミュニケーションの描写の一つ一つに、ずしんと説得力がある。

049_03本作は、大きな事件も起こらず、ドラマチッックな展開とも無縁で、些細なコミュニケーションが成立したりしなかったりする中で、生き辛い人がそれでもよちよち生きていく姿を描いている。それゆえにか、読んだ後、なんだかホッとする。たぶん、自分自身が抱える生き辛さも、ちょびっとだけ減ったような気がするからなんだろう。

本作の眼鏡っ娘・茨田さんのキャラクターは、造形も性格も、実はとてもユニークだ。真っ黒でボリュームのある長い髪の毛、太めの眉毛、存在感のある黒縁セルフレーム。シルエットだけで茨田さんだと分かる。特に素晴らしいのは、眼鏡を外して美人などという愚かな描写が皆無なところだ。眼鏡っ娘がメガネのまま美人として認識される。この当然と言えば当然の描写が実はできない作家が多いのだが、さすが雁須磨子の描写力は安心だ。
性格は、まあ、面倒くさい。だが、それがいい。茨田さんが幸せになってくれて、心の底から良かったと思える。

049_04雁須磨子は、そこそこ眼鏡っ娘を描いている。主な作品についてはしかるべき機会に改めてご紹介できればと思うので、ここではひとつだけ。右に引用した「保健室のせんせい」は16頁の小品だが、他の作家には出せない独特の眼鏡感が出ている佳作だ。中学校で養護教諭を務めている眼鏡先生の日常の一コマを描いた作品で、実に味わい深い。保健の先生ならではの「業」と「エロス」をコンパクトに描き切っていて、しかも眼鏡感がすごい。眼鏡あるべくして眼鏡という空気の作品に仕上がっている。こういう作品が描ける作家は、他には思いつかない。

■書誌情報

049_015年前の作品だけど、もう新刊では扱ってないのかな? いまのうちなら古書で容易に手に入れることができる。

単行本:雁須磨子『いばら・ら・ららばい』(KCデラックスKiss、2009年)

「保健室のせんせい」は単行本『あたたかい肩』に所収。電子書籍で読むことができる。単行本出版は2010年だけど、作品初出は2002年。

Kindle版:雁須磨子『あたたかい肩(ビームコミックス、2010年)

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