この眼鏡っ娘マンガがすごい!第53回:田渕由美子「雪やこんこん」

田渕由美子「雪やこんこん」

1975年『りぼん増刊号』お正月

日本人が知っておくべき「新・3大 田渕由美子の”乙女チック”眼鏡っ娘マンガ」、続いては、1975年『りぼんお正月増刊号』に掲載された、「雪やこんこん」です。少女の内面を表すアイテムとして自由自在に眼鏡を描く卓越した技術を味わうことができます。

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053_03まず有権者に訴えたいのは、さすがの田渕由美子も最初から人気があったわけではないということ。デビューからしばらく描いていたのは「乙女チック」ではなく、1960年代からの伝統的な「母もの」と呼ばれるジャンル。掲載される雑誌も、『りぼん』本誌ではなく、もっぱら増刊号。しばらくは修行の時代が続いていたのであります。
そんな田渕由美子が大躍進を遂げるきっかけになったのは、やはり「眼鏡」でありました。本作「雪やこんこん」が掲載されたのは1975年お正月の「増刊号」でありましたが、ここでのブレイクをきっかけに、同年3月には『りぼん』本誌へと進出。そして瞬く間に人気を獲得し、翌年からは表紙に起用されるまでになるのであります。本作の眼鏡っ娘マンガが田渕由美子ブレイクの大きな足掛かりになっているのは間違いないのであります。そして本作の重要性は自他ともに認めるものであり、その証拠に田渕由美子の初単行本の表題は『雪やこんこん』となっており、眼鏡っ娘が見事に表紙を飾っているのであります。

053_04本作でまず注目したいのは、いきなり眼鏡っ娘の唯ちゃんがメガネを外してしまうところ。もしもこれが凡百のクソマンガだったとしたら、そのまま美人と認定されて彼氏ができてしまうところでありますが、そこはさすがに田渕由美子、そんな愚は犯さないのであります。唯は眼鏡を外したことで「昌平なんていうかな早くこないかな」と、幼馴染の昌平くんに褒めてもらえると思い込んでいるのですが、やってきた昌平くんは、そんな唯の期待にはいっさい応えてやらないのであります。眼鏡を外したところでいいことなんてちっとも起こらない。唯は世界の真実をここで思い知るのであります。
そう、眼鏡を外した女をチヤホヤするのは、所詮はただの脇役ども。本当の乙女チック少女マンガのヒーローは、眼鏡を外した女を褒めることなど、絶対にありえないのであります。そんなわけで、唯はもういちど眼鏡をかけなおすのであります、よかったよかった。

053_05しかしそんな眼鏡っ娘を陰から狙っていた香椎先輩に、眼鏡っ娘はいきなり襲われてしまい、眼鏡っ娘大ピンチ。香椎先輩に襲われたとき、唯の眼鏡は弾き飛ばされて、無残にも割れてしまうのであります。物語上、唯の眼鏡が外れるのはこれが2回目。1回目のときは、昌平くんは眼鏡がなかったことに対して、完全スルーで対峙しておりました。しかしこの2回目のときは、昌平くんは優しく「おまえメガネは?」と声をかけているのであります。眼鏡を外して美人になったなどと勘違いしているときにはスルーしてやるべきでありますが、不可抗力で眼鏡がなくなってしまった時には、なにがなんでももう一度きちんと眼鏡を発見しなくてはならないのであります。「コンタクト」などと口走った唯の言動に不自然さを嗅ぎ取った昌平は、唯の眼鏡を探しにでかけるのであります。

053_06そして昌平は、香椎先輩を見つけるのでありますが、その手にあるのは、眼鏡。そして素晴らしいことに、一目見ただけで、それが唯の眼鏡だと気が付くのであります。好きな女の眼鏡がどういうものかは、男として絶対に知っていなければならないのであります。見た瞬間にそれが好きな女の眼鏡であることに気が付かなければならないのであります。まさにそれこそが、乙女チック少女マンガのヒーローとしての存在理由なのであります。

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053_08そうして眼鏡を見つけた昌平は、寂しがっている唯の元へ駆けつけるのでありますが、この登場シーンが、また実にすばらしいのであります。香椎先輩から取り戻した唯の眼鏡を、なんと自らかけて唯の前に登場するのであります。こんなことされたら、惚れてまうやろ! こうして昌平は、眼鏡によって自分と唯の間にかけがえのない絆が結ばれているということを確認するのです。
そして昌平は、自ら唯の顔に眼鏡をかけてあげるのであります。実にうらやましいのであります。こうやって眼鏡っ娘の元に再び眼鏡が戻るということは、破滅しかけた世界がもう一度復活することの象徴なのであります。
眼鏡っ娘研究家のはいぼくは、言うのです。本作は、(眼鏡有)→(眼鏡無)→(眼鏡有)→(眼鏡無)→(眼鏡有)というように進行するが、その眼鏡のON・OFFの切り替えは「起承転結」という物語構造の転換に対応しているのだ、と。そして単に外面的なアイテムだと思われていた眼鏡は、実は物語構造の根幹をコントロールする最も重要な鍵の役割を果たしているのだ、と。まさにこの眼鏡に支えられた内面の描写力によって田渕由美子の人気は大爆発し、本作発表直後から本誌で縦横無尽の大活躍をするようになったのであります。

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こうして眼鏡が結ぶ二人の恋を、我々は温かい気持ちで応援することができるのであります。本当に、うらやましい、私もこんな恋がしたいのであります。
というわけで、この作品を「田渕由美子の”乙女チック”眼鏡っ娘マンガ」のひとつとさせていただきます。

■書誌情報

微妙にプレミアがついているけれど、手に入らないわけでもない。単行本『雪やこんこん』と、愛蔵版『全作品集Ⅰ』に所収。

単行本:田渕由美子『雪やこんこん』(りぼんマスコットコミックス、1976年)

愛蔵版:『田渕由美子全作品集 I 摘みたて野の花』(南風社、1992年)

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