高河ゆん「グラス・マジック」
光文社単行本描きおろし1988年
主人公の大山春海ちゃんは、眼鏡っ娘。水泳部の金井くんに恋しているけれど、恥ずかしがり屋なので告白なんてとんでもない。特にコンプレックスなのが、眼鏡。春海ちゃん家族は一同揃って近眼で、一家総出で検眼に行く予定になっていたりするくらいだ。
そんなわけで、おまじないに頼ってばかりで行動に移せない眼鏡っ娘。金井くんに水泳部に誘われても、眼鏡をかけたままでは泳げないからと、しり込みしてしまう。そこに追い打ちをかけるように、美人マネージャーがイジワルをする。しょんぼりする眼鏡っ娘。「この眼鏡さえ外せたら」全部がうまくいくのではないかと考えてしまう。しかし、溺れた後輩を助けに金井くんが海に飛び込んだとき、眼鏡っ娘の心に大きな変化が起こる。おまじないなんかよりも、もっと確かなことができるはずだと、自分の中にあった勇気に気が付く。金井くんが無事に戻ってきたときに、眼鏡っ娘が勇気を振り絞って紡ぎだした言葉が、実に見事だった。
「眼鏡かけたまま泳ぐくらいこんじょーでガンバリます!」。そう、これだ。眼鏡を外せばうまくいくなんて、そんなオカルトあるわけがない。眼鏡と共に生きる決意を固めて、全てがうまく回り始める。金井くんも、眼鏡をかけた君のことが好きなんだ。
高河ゆんと言えば、80年代後半に彗星のごとく現れて、ニューウェーブの旗手として一気にブレイクし、現在でも多方面で活躍を続ける言わずと知れたトップクリエイターだ。一般にはメガネ男子を好んで描くことで知られているが、実は眼鏡っ娘方面でも素晴らしい業績を幾多も積み重ねていることは、もっと強調されてよい。商業デビューから間もない時期に描かれた本作では、ストーリー展開や眼鏡の描画様式においては典型的な70年代オトメチックを踏まえながら、セリフ回しにさすがのセンスが光っている。「眼鏡かけたまま泳ぐくらいこんじょーでガンバリます!」というセリフは汎用性が高いので、ぜひ「眼鏡かけたまま○○○くらいこんじょーでガンバリます!」と、いろいろな場面で積極的に使わせていただきたいっ。
高河ゆんが描く他の素晴らしい眼鏡っ娘については、改めて機会を設けて愛でていきたい。オトメチックからの脱却というパラダイムシフトを考える上でも、重要なケーススタディになってくるだろう。
■書誌情報
単行本:高河ゆん『マインドサイズ』(KOBUNSHA COMIC、1988年)に所収。
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