coco「今日の早川さん」
2006年~web媒体発表
ビブリオマニア(度を越した本好き)たちが繰り広げる、捩じ曲がった面倒くさい自尊心と自虐の入り混じった、身につまされる物語。5人の主要登場人物のうち3人が眼鏡っ娘というところが、さすがビブリオマニアで、とても嬉しい。
メインヒロインは、SF好きの早川さん。セルフレームの黒縁眼鏡。高踏派の岩波さんは、黒のメタルフレーム。稀覯本好きの国生さんは、まんまるメタルフレーム眼鏡。それぞれ眼鏡に特徴があって、みんなかわいい。まあしかしホラーマニアの帆掛さんは視力が悪いにもかかわらずコンタクトであったことが発覚し、少々がっかりではある。
というわけで眼鏡っ娘たちがSFについて薀蓄を傾けたり、古本屋をハシゴ襲撃したり、古本屋の戦果を自慢したり、古本屋の品揃えについて不満をぶちまけたりする。特に本に対して思い入れのない人には何を言っているかさっぱりわからない内容だろうが、多少なりとも本というモノに思い入れがあれば、苦い思い出を伴いつつ共感してしまうような、そういう作品だ。だから、本作は客観的に共通した評価を得るような類の作品というよりは、読者自身の読書遍歴と読書観に応じて様々な読まれ方がされるだろう作品だ。「読む人を選ぶ」ような作品とも言える。多少なりともSFの知識がないと疎外感を味わってしまうかもしれない。逆に言えば、多少なりとも本というものに思い入れがあれば、どばどば言葉が溢れ出てくることになる。「語りたくなる」ような作品でもある。
本作はドラマCDにもなっており、キャストがなかなか豪華。早川さん=池澤春菜は、眼鏡っ娘らしくてとてもよかった。SF好きが集まったら、ランダムで「いろはかるた」を流してカルタ大会をすると楽しそうだ。(単行本3巻限定版にカルタ本体も付属しているので、合わせて遊びたい)
■書誌情報
単行本既刊3巻。2巻と3巻は限定版がある。3巻限定版には、ドラマCDとセットになった「いろはカルタ」が付属している。
単行本セット:coco『今日の早川さん』1-3巻セット
ドラマCD:『キャラアニ:ドラマCDシリーズ 今日の早川さん』
作者のblog:http://horror.g.hatena.ne.jp/COCO/
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さて、というわけで、この作品について語ろうとすると、はからずも自分自身の読書遍歴に触れざるを得なくなってしまう。というか語りたくなる。以下は私の自分語りで、眼鏡っ娘とはあまり関係ないので、独り言として扱っていただければと。
私は今でこそマンガ以外のフィクションはほとんど読まなくなり、活字ではもっぱら人文社会科学の学術書だけを読んでいるわけだが、高校生のころはそこらへんによくいるラノベ読みだった。まあ私の高校生時分にはラノベという言葉はまだ存在せず、ソノラマ文庫を中心としたジュヴナイルSFがそれに該当する。当時は菊地秀行とか夢枕獏が流行っていた。他にはアニメージュ文庫がSFの入口で、『死人にシナチク』とか読んで喜んでいた。
が、高校生だけあって、ちょっと背伸びしようということで、いよいよ本格SFに手を出そうとしたわけだ。が、残念ながら周りに本格SF読みがおらず、手ほどきしてくれる先導者がいなかった。そして当時はまだインターネットもなかった。頼りは、当時定期購読していた『LOGiN』というパソコン雑誌だけだった。『LOGiN』にはSFのページが毎月あったのだが、ある月の特集で最先端のSF作品として『ニューロマンサー』がイチオシされていたのだ。私は『LOGiN』の特集を鵜呑みにして、さっそく『ニューロマンサー』を買ってきてしまった。私のハヤカワ文庫初体験は、『ニューロマンサー』だった。いやはや……。ということで、大学に入るまで、再びハヤカワ文庫に手を出すことはなかった。
まあ、10年後に読み直してみたところ、『ニューロマンサー』はとてもおもしろい作品だった。しかしそれをおもしろいと感じるに至ったのは、先導者たちの手ほどきのおかげだったと思う。「新月お茶の会」というSF・ミステリのサークルで出会った先輩たちは、ジュヴナイルしか読んでこなかったなまぬるい新参者を温かく迎えてくれた。サイコドクターとか、ディックのことはディック以上に知っている先輩とか、後に金田一少年の事件簿のブレーンになる人とか、たこしさんとか、いま思い返してもすげぇ先輩たちだった。本作を読んでいてしみじみと思い出すのは、このサークルが纏っていた空気だ。まあ、先輩たちには本作のキャラほどのひねくれた自尊心と自虐心はなかったけれども、私の立ち位置は本作で言うラノベちゃんに当たる。お勧めのSF作品として、いきなりノーマン・スピンラッド『鉄の夢』を与えられたのは、やはり通るべき道ということか。
まあ残念ながら、私はハヤカワ文庫や創元ミステリを読むようなキャラではなく、みすず書房とか勁草書房とか青土社の本を優先して読むようなキャラに育ってしまうわけだけれども。岩波文庫だったら緑背表紙はあまりなく、ほとんどが青と白で埋まるタイプだ。とはいえ、若いころに吸ったSF者の「ビブリオマニア」の空気は、得難い経験として、人格の一部になっているように思う。
そんなわけで本書を読んだ直後の第一感想は、「はー、岩波さんもしょせんフィクションしか読まないのね。岩波文庫は緑を読んでいるうちはまだまだヒヨッコで、黄色か青色のほうが圧倒的におもしろいだろ」っていう、とてつもない上から目線なものだったわけだが、これこそが私自身に色濃くしみついていたビブリオマニアのひねくれた自尊心というやつで、直後に「いやはやいやはや」と頭を掻くのだった。いやはや。
ところで他に書く機会がないからここに書いておくのだが、明治時代に犬養毅が編集した経済雑誌を読む必要があって慶応大学図書館の地下書庫にこもったとき、ふと何かを感じて右方にある本棚を見上げたら、視線の先にちょうどあったのが英語版の『NECRONOMICON』ということがあった。とても、恐ろしかった。