粕谷紀子「もうひとつ花束」
集英社『週刊セブンティーン』1986年13号~33号
この作品は、ハシモトくんのこの名言に尽きる。「うぬぼれるなよ!メガネかけてたころのぶくんはもっとずっとかわいかったぜ」。素晴らしい!
ヒロインの眼鏡っ娘=福田聡子ちゃんは、自分のことをブスだと思い込んでいて、何事にも自信がもてない女の子。あだ名は「ぶくん」。ところが、美人で自信家の友達=聖美と同じ高校に進学して、ハシモトと出会ったことから大きな転機を迎える。ハシモト以外の平凡で凡庸な糞男どもは、自信家の聖美ばかり美人だ美人だとチヤホヤして、ぶくんのことなど気にも留めない。しかし我らがヒーロー、ハシモトだけは違った。中身がカラっぽの聖美から言い寄られてもまったく動じず、果敢に眼鏡っ娘をデートに誘う。眼鏡っ娘の素晴らしさに、ハシモトだけが気が付いていたのだ。
ハシモトはぶくんの美しさを皆に知らしめようと、様々な仕掛けを打ち、次第にぶくんの魅力を引き出していく。その結果、ぶくんの魅力が誰の目にも明らかになり、ぶくんはモテはじめるようになる。ところが、ぶくんは自分がモテることに気が付いてから、メガネを外してしまう! なんということだ! 自分がかわいいと気がついて、眼鏡を外してから、ぶくんはだんだん自己中心的な考え方に陥っていく。性格が曲がり始めたぶくんに対して、われらがハシモトが言い放ったセリフが、これだ。「うぬぼれるなよ!メガネかけてたころのぶくんはもっとずっとかわいかったぜ」
ハシモトの一言で目が覚めたぶくんは、再びメガネをかける。世界に平和が戻ったのだ。ありがとうハシモト!
ただ、連載終了時点のぶくんの認識には、大きな問題がある。ぶくんは、皆の前では眼鏡をかけて、ハシモトくんの前だけでは眼鏡を外してカワイイ私を見てもらおうなどと、とんでもない思い違いをしている。「キレイになった私にみんなが夢中になって、ハシモトくんがヤキモチを焼いたんだ。かわいいメガネなしの私はハシモトくんだけのもの」などと思っているのだ。だが、次のコマのハシモトを見ていただきたい。
こんなん、どう見たってハシモトはただの眼鏡っ娘好きだろうが! ハシモトは、眼鏡をかけた君のことが好きなんだ! ハシモトの前でだけ眼鏡を外すとは、彼にとってはほぼ死刑に相当するから、ぜひやめてあげていただきたい。今後のハシモトくんの幸せを願ってやまない。我々も、一人の眼鏡っ娘を救ったハシモトくんを見習って、彼が残したセリフを積極的に使っていこう。「うぬぼれるなよ!メガネかけてたころの○○はもっとずっとかわいかったぜ」
この作品は、メガネをかけてほしい男の子と、メガネに自信が持てない女の子がすれ違う構造を余すところなく描き切っているが、おそらく作者自身がそのことに気が付いていない。ハシモトはだれがどう見てもメガネフェチなのだが、作者自身がそれを理解できずに進めてしまっているのだ。しかし、作者の意図を超えて、眼鏡っ娘好きの時代精神がハシモトに乗り移った。時代精神が生んだ傑作なのかもしれない。
■書誌情報
古本で手に入るが、私がamazonで確認した段階では1巻に1,700円というプレミアがついていた。が、丹念に古本屋を探せば100円で入手できるはず。
単行本1巻:粕谷紀子『もうひとつ花束 1』 (セブンティーンコミックス、1988年)
単行本2巻:粕谷紀子『もうひとつ花束 2』 (セブンティーン コミックス、1988年)
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