この眼鏡っ娘マンガがすごい!第73回:岡崎つぐお「どきどきハートビート」

岡崎つぐお「どきどきハートビート」

小学館『週刊少年サンデー』1986年~87年

手を挙げろ! 眼鏡警察だ! ムダな抵抗はやめて、いますぐ眼鏡っ娘にひれ伏すんだ!

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てなわけで、眼鏡っ娘の警察官が活躍する作品だ。ところがこの眼鏡っ娘刑事がド天然のドジっ娘で、いきなり第一話で殉職してしまった……ら話が終わってしまう。拳銃で胸を撃ち抜かれたはずの眼鏡っ娘は、生きていた。しかも、並外れたパワーを発揮し、あっという間に犯人をやっつける。眼鏡っ娘は、事件が発生した研究所で謎の液体を浴びたことから、超強力パワーを発揮する特異体質になってしまったのだった。その体質を活かして、次々と悪いやつらをやっつけて、みんなの幸せを守っていくことになるのだが。

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変身の引き金は、心拍数。興奮するなどして心拍数が上がると、爆発を起こしてスーパーレディに変身するのだ。そんなわけで、好きな国立さんの言動にドキドキして心拍数が上がると爆発しそうになってしまい、まともな恋もできないのだった。かわいそうな眼鏡っ娘。

073_03さて、眼鏡的な注目は、変身するときに眼鏡が外れてしまうところだ。これはもちろん、「スーパーマン」の伝統を引き継いでいる。改めて言うまでもなく、変身前にメガネくんだったクラーク・ケントは、スーパーマンに変身した後は眼鏡が外れている。この設定は女版スーパーマン「スーパーガール」でも引き継がれ、変身前に眼鏡っ娘だったクリプトン星の生き残りの少女は、変身すると眼鏡が外れる(2015年に公開されたトレーラームービー)。本作でも、普段は眼鏡をかけているのに、変身後は眼鏡が外れる。これは、第70回で指摘しておいたように、他のアイテムと決定的に異なる眼鏡の際立った性質を利用した描写だ。つまり「眼鏡の不連続性」を「キャラクターの不連続性」とリンクさせてストーリーに説得力を持たせているわけだ。同一人物であるというアイデンティティを成立させながら、しかも性質は完全に不連続という「変身」を描写するとき、この眼鏡というアイテムほど簡単に説得力を発揮するものは、他にない。確かに悟空であれば髪の色が金色になり、ケンシロウであれば服が破れ、覚醒したウォーズマンが素顔になるのも「キャラクターの不連続性」を視覚的にわかりやすく描写している例だが、眼鏡ほど簡単に「不連続性」を表現できるものは、他にない。それゆえに、「眼鏡を外したら○○」という描写が用いられる中で、例のアレも安易に使われてしまうわけではある。
ともあれ、本作も、眼鏡の脱着によってキャラクターの不連続性を表現している作品の一つだ。非日常で眼鏡が外れるのは少し残念なわけだが、日常の眼鏡姿がとてもかわいく描かれていて、とても楽しく読める。このようなスーパーマン・オマージュの眼鏡っ娘作品は他にもいくつかあるので、機会を改めて見ていくこととしよう。

073_01てところで、7/25「ゆるいいんちょ」で、「眼鏡警察」について話題となった。夜羽さんは真面目だから、けっこう深刻に受け止めていたけれど。そしてその危惧は、われわれ自身の言動を自らが戒め、さらに次のステップに進むための反省ということでは意味があるとは思うけれど。でもそれはそれとして、「艦これ」のアレは誰がどう見ても明らかにウンコであって、もはや眼鏡警察がどうこうという問題ではない。「キャラクターの連続性と不連続性」という作品のデキ自体を決定する極めて重要な基礎・基本が悲惨なほど低レベルであったことが本質的な問題なのであって、それがたまたま「連続性と不連続性」を極めて分かりやすく視覚的に示す眼鏡というアイテムに手を出してしまったことで誰の眼にも分かりやすく下劣さが見えやすくなったというだけのことだ。あれがなくとも、ウンコだったことは間違いない。デスノートを手に入れたら、鼻くそをほじりながら、監督と脚本の名前を書き込めばいいと思うよ。
とはいえ、それはそれとして、「眼鏡警察」という言葉が流通した背景については思想史的に言語化しておく必要があるのも確かだ。夜羽さんが危惧するように、そこそこ、根が深い問題であることは確かだと思う。が、同時にスルーしていい性質のものでもあるとも思う。つっこんだ考察は、また機会を改めて。

■書誌情報

単行本も手に入りやすいし、愛蔵版も出ている。80年代の少年マンガで眼鏡っ娘がヒロインということで、とても貴重な作品。

単行本全5巻:岡崎つぐお『どきどきハートビート』(少年サンデーコミックス、全5巻セット)
愛蔵版全4巻:岡崎つぐお『どきどきハートビート』(スコラ、全4巻セット)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第4回:粕谷紀子「もうひとつ花束」

粕谷紀子「もうひとつ花束」

集英社『週刊セブンティーン』1986年13号~33号

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この作品は、ハシモトくんのこの名言に尽きる。「うぬぼれるなよ!メガネかけてたころのぶくんはもっとずっとかわいかったぜ」。素晴らしい!

004_01sヒロインの眼鏡っ娘=福田聡子ちゃんは、自分のことをブスだと思い込んでいて、何事にも自信がもてない女の子。あだ名は「ぶくん」。ところが、美人で自信家の友達=聖美と同じ高校に進学して、ハシモトと出会ったことから大きな転機を迎える。ハシモト以外の平凡で凡庸な糞男どもは、自信家の聖美ばかり美人だ美人だとチヤホヤして、ぶくんのことなど気にも留めない。しかし我らがヒーロー、ハシモトだけは違った。中身がカラっぽの聖美から言い寄られてもまったく動じず、果敢に眼鏡っ娘をデートに誘う。眼鏡っ娘の素晴らしさに、ハシモトだけが気が付いていたのだ。

ハシモトはぶくんの美しさを皆に知らしめようと、様々な仕掛けを打ち、次第にぶくんの魅力を引き出していく。その結果、ぶくんの魅力が誰の目にも明らかになり、ぶくんはモテはじめるようになる。ところが、ぶくんは自分がモテることに気が付いてから、メガネを外してしまう! なんということだ! 自分がかわいいと気がついて、眼鏡を外してから、ぶくんはだんだん自己中心的な考え方に陥っていく。性格が曲がり始めたぶくんに対して、われらがハシモトが言い放ったセリフが、これだ。「うぬぼれるなよ!メガネかけてたころのぶくんはもっとずっとかわいかったぜ」
ハシモトの一言で目が覚めたぶくんは、再びメガネをかける。世界に平和が戻ったのだ。ありがとうハシモト!

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ただ、連載終了時点のぶくんの認識には、大きな問題がある。ぶくんは、皆の前では眼鏡をかけて、ハシモトくんの前だけでは眼鏡を外してカワイイ私を見てもらおうなどと、とんでもない思い違いをしている。「キレイになった私にみんなが夢中になって、ハシモトくんがヤキモチを焼いたんだ。かわいいメガネなしの私はハシモトくんだけのもの」などと思っているのだ。だが、次のコマのハシモトを見ていただきたい。

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こんなん、どう見たってハシモトはただの眼鏡っ娘好きだろうが! ハシモトは、眼鏡をかけた君のことが好きなんだ! ハシモトの前でだけ眼鏡を外すとは、彼にとってはほぼ死刑に相当するから、ぜひやめてあげていただきたい。今後のハシモトくんの幸せを願ってやまない。我々も、一人の眼鏡っ娘を救ったハシモトくんを見習って、彼が残したセリフを積極的に使っていこう。「うぬぼれるなよ!メガネかけてたころの○○はもっとずっとかわいかったぜ」

004_05この作品は、メガネをかけてほしい男の子と、メガネに自信が持てない女の子がすれ違う構造を余すところなく描き切っているが、おそらく作者自身がそのことに気が付いていない。ハシモトはだれがどう見てもメガネフェチなのだが、作者自身がそれを理解できずに進めてしまっているのだ。しかし、作者の意図を超えて、眼鏡っ娘好きの時代精神がハシモトに乗り移った。時代精神が生んだ傑作なのかもしれない。

■書誌情報

古本で手に入るが、私がamazonで確認した段階では1巻に1,700円というプレミアがついていた。が、丹念に古本屋を探せば100円で入手できるはず。
単行本1巻:粕谷紀子『もうひとつ花束 1』 (セブンティーンコミックス、1988年)
単行本2巻:粕谷紀子『もうひとつ花束 2』 (セブンティーン コミックス、1988年)

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