作画:落合尚之+原作:神尾龍「派遣社員お銀」
『ビッグコミックビジネス』2004年10月26日号~06年2月16日号
一見するとただのチャランポランでいい加減な男好きの眼鏡女子が、派遣社員として様々な職種に携わりながら、想像を超える超絶的な事務処理能力を発揮して、悪い奴らに陥れられようとしている善良な人々を密かに助けていく、一話完結の痛快ヒューマンドラマ。
要するに作品系譜的には「ブラック・ジャック」とか「ザ・シェフ」とか「ギャラリーフェイク」といった流れに位置付くわけだが、この系統の作品においては主人公キャラの出来がそのまま作品の質に直結する。その点、本作には決定的な個性がある。眼鏡だ。
単行本の後書で、作画の落合尚之がこう言っている。
「これまでヤング誌やオタク誌で若い読者向けの漫画を描き続けて来た僕にとって、ビジネス誌で大人の読者向けの作品を、という編集部からのオファーは、正直最初はあまりピンと来る物ではありませんでした。しかし、このシナリオに書かれたある一つの事柄が、僕の心をガッチリ捉えてしまったのです。「眼鏡」。主人公はメガネ美人。突如として心のスイッチが激しくONになっている自分。」
本作の核心にあるのは、作者自身が語っているとおり、眼鏡なのだ。主人公に眼鏡の魂が入った作品が、面白くならないわけがない。
この作者の発言がデタラメではないことは、次に引用するシーンに如実に表れている。
お風呂シーンだ。だが、よくあるただのお色気シーンだと思ってはいけない。そう、お風呂で眼鏡をかけているのだ。銭湯でビールを飲みながら携帯で電話をかけている、眼鏡女子。このシーンだけで、初めて本作を読む人でも、一瞬でこのキャラの性格がわかる。
他のお風呂シーンでも、もちろん眼鏡は外れない。
風呂に入るときにも眼鏡を外さない眼鏡っ娘だからこそ、超人的な職業スキルにも説得力が生じるのだ。
ちなみに「眼鏡と職業婦人」というテーマについては、眼鏡理論全体を考える上でも丁寧に掘り下げておく必要がある。1960年代のマンガを見ると、眼鏡をかけている女性というと、教師のほかに看護婦にも多いことに気が付く。そして女性の社会進出がそれほど進んでいない時、女性が就ける限られた仕事こそ、教師と看護婦であった。眼鏡はインテリやガリベンを表す前に、職業婦人の印だったかもしれない。
■書誌情報
単行本全一巻。電子書籍で読むことができる。後書を読むと、作者が本当にこの眼鏡っ娘を愛していたんだなあということがしみじみと分かって、嬉しくなる。
Kindle版、単行本:落合尚之+神尾龍『派遣社員 お銀』小学館、2006年
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