この眼鏡っ娘がすごい!第52回:田渕由美子「ローズ・ラベンダー・ポプリ」

田渕由美子「ローズ・ラベンダー・ポプリ」

集英社『りぼん』1977年8月号

日本人が知っておくべき新・三大「田渕由美子の”乙女チック”眼鏡っ娘マンガ」、まず一つ目は1977年『りぼん』8月号に掲載された「ローズ・ラベンダー・ポプリ」です。この作品では乙女チックの最重要概念である「ほんとうのわたし」が、ストレートに表現されている様子を見ることができます。ご覧ください。

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052_01まず有権者に訴えたいのは、田渕由美子が1970年代後半の集英社『りぼん』の看板作家だったということ。その証拠に、田渕由美子は『りぼん』の表紙を何度も担当するのであります。そのデータは、右に掲げた表に一目瞭然。大人気の田渕由美子は、同時期に『りぼん』で活躍した陸奥A子と太刀掛秀子と合わせて「乙女ちっく」と呼ばれ、少女マンガの新時代を牽引した中心作家だったのであります。
そんな田渕由美子の武器は、もちろん「眼鏡」。集英社『りぼん』レーベルから出ている単行本は7冊でありますが、なんとそのうち3冊の表紙が眼鏡っ娘。眼鏡っ娘が43%も表紙を飾るとは、同時期の少女マンガの常識では考えられない、圧倒的な眼鏡力なのであります。りぼん本誌の表紙にはさすがに眼鏡っ娘は少ないものの、1980年に担当した『りぼんオリジナル』の表紙は、なんと5回のうち4回が眼鏡なのであります!

052_02そんな田渕由美子が乙女チック人気絶頂時に発表したのが、この「ローズ・ラベンダー・ポプリ」であります。ヒロインの眼鏡っ娘・中里麦子ちゃんは、周囲からはちょっと風変わりな女の子だと思われているけれど、もうそんなのは慣れっこ。ここで注目していただきたいのは、「わたしのことをわかってくれる人なんてこの世に一人いればそれで十分よ」というセリフであります。これがそれ以前の少女マンガと乙女チックマンガとで決定的に異なる重要ポイントなのであります。従来の少女マンガのヒロインは、全ての人に愛されるようなキャラクターでありました。しかし眼鏡っ娘は、「万人うけ」を断固拒否。「ほんとうのわたし」を貫くことを決意しているのであります。これこそが田渕由美子の乙女チックの真骨頂であり、さらに言えば「眼鏡」が象徴しているのがまさに「ほんとうのわたし」なのであります。「ほんとうのわたし」とは眼鏡をかけているわたしのことであって、そんな私を眼鏡のままに「わかってくれる人」を眼鏡っ娘は待っているのであります。眼鏡を外して「ほんとうのわたしデビュー」などと言っているクソタワケには、田渕由美子の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいのであります。

しかしそんな眼鏡っ娘の態度は、外部には「素直じゃない」とか「意地っぱり」などと受け止められてしまうのであります。本当は眼鏡っ娘もコンプレックスを抱いているのであります。幼馴染の幾島静は、イケメンで頭もよく、そして優しい男の子。密かに幾島くんに恋している眼鏡っ娘は、コンプレックスのために告白することもできずに意地を張ってしまうのであります。「ツンデレ」と「意地っぱり」の違いは、このコンプレックスの有無にあります。コンプレックスゆえに素直になれない意地っ張ぱりの眼鏡っ娘を、しかし最後は幾島くんが受け止めるのであります。眼鏡っ娘を眼鏡のまま受け止めてあげられる男こそが、本当のヒーロー、乙女チックマンガのヒーローにふさわしいのであります! 眼鏡を外さないと女を受け入れられない男は、ただの外道だから地獄に落ちればいいのであります!

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最後に素直になれた眼鏡っ娘の涙は、本当に心を打つのであります。コンプレックスを解消するのではなく、それもまた自分の一部であると素直に受け入れることによって、眼鏡っ娘は眼鏡のままに幸せになるのであります。
はいぼくは言うのです。眼鏡というアイテムは「ほんとうのじぶん」という概念と結びつけられることによって、ついに思想の域に達した、と。そして、田渕由美子こそ、眼鏡を単なる外見上のアイテムから少女のアイデンティティを表現する思想へと高めた作家なのだ、と。
というわけでこの作品を、新・3大「田渕由美子の”乙女チック”眼鏡っ娘マンガ」のひとつとさせていただきます。

■書誌情報

人気作家だったので入手先としていくつかの選択肢があるが、残念ながらどれもこれもプレミアがついていて、入手難度はちょっと高め。

単行本:田渕由美子『フランス窓便り』(りぼんマスコットコミックス、1978年)

文庫本:田渕由美子『林檎ものがたり―りぼんおとめチックメモリアル選』(集英社文庫―コミック版、2005年)

愛蔵版:『田渕由美子作品集★1フランス窓便り』(南風社、1996年)

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