石本美穂「冬の虹を見にいこう」
集英社『りぼん別冊』1996年2月号
本作は「眼鏡っ娘起承転結構造」の教科書的な美しい展開を見せると同時に、ルッキズム(見た目主義)について難しい問題を我々に投げかけている。
「起」:眼鏡っ娘女子高生の陸は、17歳になっても彼氏がいない。本人は彼氏ができないのは超ブ厚い眼鏡のせいだと思っている。
「承」:陸の幼馴染で眼科医の息子の天才ハルくんが、なんと視力が良くなる目薬を偶然作ってしまう。その薬を浴びた陸の視力は奇跡的に回復し、眼鏡をはずしてしまう。その途端、モテモテに。
眼鏡を外した陸に近づいてきたのが、学園一のイケメンで有名な篠崎くん。突然のモテ期に舞い上がった陸は、篠崎の告白を受け入れ、付き合うことになる。しかし天才ハルくんは、それが偽りの愛であることをしっかり見抜いていた。世界の真実が見えているハルくんは陸に忠告するが、眼鏡を外して心まで近眼になってしまった陸は、その忠告に対して感情的に反発してしまう。
ハルくんは「そいつら君の「メガネのない顔」が気に入ったんだろ?結局は上べしか見てないってことだよな」と忠告する。まさにそのとおり。篠崎は、まさにルッキズム(見た目主義)の権化だ。人間を人格で扱わず、見た目だけで判断する最低男なのだ。しかし見た目を褒められて有頂天の陸には、ハルくんの言葉は届かない。
「転」:しかし偽りの愛は破綻する。陸は篠崎とデートを重ねるが、だんだん違和感が増幅していく。その一方で、ハルくんの存在が次第に大きなものとなっていく。どうするべきか悩んだ陸は、篠崎の本心を知ろうとして、眼鏡をかけた姿を見せる。そこで篠崎は最低のリアクションを見せた。陸は、篠崎がしょせんは上べしか見ていないクソ男だということを認識する。陸は眼鏡をかけることによって、正常な判断力を取り戻したのだ。
「結」:陸はハルくんの忠告が正しかったことを悟り、篠崎と別れる決意をする。フラれた篠崎は逆ギレしてハルくんに襲い掛かるが、実は腕の立つハルくんは最低男をあっさり撃退。ハルくんは見事に眼鏡っ娘を守り切ったのだ。よかった、よかった。
ん?
しかし、しかしだ。そもそも思い返してみれば、この天才ハルくんは視力が良くなる薬を開発していたのだった。もしもこの研究が成功してしまったら、この世界から眼鏡が消えることを意味する。恐ろしい男、ハル。この物語も、恐ろしい方向へ進んでいく。ハルは陸に「目薬が完成したら、メガネを外して雪の虹を見にいこう」などと恐ろしいことを口走る。ああ、このまま天才の手によって世界から眼鏡が消えてしまうのか!?
さらに恐ろしいのは、ハルくんの人間性が、篠崎だけでなく、我々にも反省を迫ってくるところだ。ハルくんは、陸がメガネのときも、しなくなってからも、同じように接していた。要するに、見た目に左右されず、陸の人格と真っ直ぐに向き合っているのだ。率直に申し上げて、私は眼鏡を外した女に対して同じように接する自信はない。見た目に左右されずに陸の人格を尊重するハルくんの姿勢を見てしまったとき。篠崎に対して放った「ルッキズム(見た目主義)」という批判は、我々に対してブーメランとなって帰ってきてしまうのだ。どうする俺!?
とりあえずこの難問は棚に上げて、本作の結末を恐る恐る確認しよう。はたしてハルくんの研究が成功して世界から眼鏡が失われてしまうのか? 陸は眼鏡を外してしまうのか!!???
やったくれたぜハルくん! ハルくんは超うす型の眼鏡を開発して、陸にプレゼントしたのだ! よかった! 眼鏡は救われたのだ!
ということで、ハルくんは一人の眼鏡っ娘を立派に救った。が、我々に対して重い課題を残していった。ルッキズム(見た目主義)批判に対して真剣に答えるのは我々の責務だが、残念ながら紙面が足りない。機会を改めて考えていきたい。
■書誌情報
本作は48頁の中品。同名単行本に所収。
単行本:石本美穂『冬の虹を見にいこう』(りぼんマスコットコミックス、1997年)
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