委員長回顧(2)第二回:2003年1月

第一回の大興奮を受けて、4か月後の翌2003年1月11日には「委員長」第二回が開催されました。しかも昼の部・夜の部・深夜の部という三部構成で、通算16時間くらいメガネについて語るというイベントでした。
いま考えると三部構成なんて気が狂っていたと思いますが、当時は「こんなもんだよな」という程度のノリで、狂っていたことに気がついていませんでしたね。
登壇者は、前回の参加者に加え、「メガネ喫茶」のネタモトである田丸浩史さんも関西から駆けつけ、輪をかけて大変なことになりました。田丸さんはカレーを食べただけで会場の空気を全部もっていく強烈なキャラクターでしたね。ちなみに田丸さんと平野耕太さんが会話したのはこのイベントが初めてだったようでした。私は平野さんから「灰になればいい、サーッ、サーッ」というありがたいお言葉をいただきました。

内容は、私個人としては十年くらい温めてきた眼鏡っ娘「起承転結」理論を発表できたことが記憶に残ってます。さらに西川魯介さんに『屈折リーベ』に関する突っ込んだ話も聞くことができて、眼鏡っ娘倫理学理論の構成についても着想を得ることができました。(具体的には、物語における唐臼の位置づけの考察が大きなヒントに)。こういう場が用意されなければ理論的な霊感を得ることもなかったので、個人的には何物にも代えがたい非常に貴重な体験の場となりました。

他によく覚えているのは、オールキャラ眼鏡っ娘アニメ『G-onらいだーす』の木村真一郎監督が登場したり、シチュエーションドラマで壇上に上がる人がみんな上手だったり、ボンデージ眼鏡美女作家の開田あやさんが現れて田丸さんが悩殺されて「おーっ!おーっ!」しか言わなくなった上に壇上で六条麦さん(マンガ家)が踏まれたり、突如登場した人造図書委員長のメガネっぷりに田丸さんと魯介さんが悩殺されてプレゼント合戦(眼鏡ケースに直筆イラストを描いて、さりげなくメアドも書いていたぞ)で張り合ったり、平野さんが「僕はいくら払ったらいいんですか?10億ですか100億ですか? あー引っ張りてー!」と言いながら図書委員長の三つ編みを眺めていたり、眼鏡を酒に漬けた「メガネ酒」が眼鏡神(「めがみ」と発音していただきたい)に献上されたりしたことですかね。
深夜の部は精神がほとんどアッチの世界に持っていかれてしまい、ほしのえみこさんが辱めを受けながらじっと我慢しているのを見て萌えていたこと以外には細かい内容を思い出せなかったりしますが、朝を迎える頃には壇上もフロアもトランス状態になって「めがね~」と叫ぶだけで皆で大爆笑していた光景は忘れられませんね。

 

読み返してみると……、まあ何を言っているのかわからねーと思うが、おれも何をされたのかわからなかった。実際、頭がどうにかなっていたんだぜ。楽しかったなあ。

委員長回顧(1)第一回:2002年9月

初の大阪開催がだんだん迫ってきました。初めて参加する方もけっこういらっしゃると思いますので、これまでの経緯をかいつまんで記しておこうと思います。まあ「かいつまんで」と言っても、10年積み重ねてきているので、けっこう分量はありそうですけれども(汗)。

さて、まず2002年に「委員長」が開催されるきっかけを作ったのは、言うまでもなく田丸浩史さんのマンガ『ラブやん』に登場した『メガネっ娘喫茶「委員長」』です。手許の資料では、2002年2月掲載の『ラブやん』第6回に登場していますね。
そのころ秋葉原ではメイド喫茶が黎明期を迎えていたこともあり、そこに『ラブやん』が油を注いで、メガネっ娘喫茶登場への期待が一気に高まりました。その期待に応えるように、マンガ家の山本夜羽音さん(当時は夜羽)が新宿ロフトプラスワンを舞台にメガネっ娘居酒屋を仕掛けたわけです。聞くところによると、2chで盛り上がって、そのままの勢いで開催を決定したらしいですね。
ちなみに「委員長」出演者同士の最初の打ち合わせは、メイド喫茶の先駆けMary’s(現在Cafe Mai:lish)の「第一回メガネっ娘Day」の日に行われました。

そんなこんなで「委員長」第1回は2002年9月6日に開催されましたが、その日はたいへん都合が悪いことに台風が本州に上陸し、東京にも嵐のような横殴りの雨が降っていました。電車が止まるなど交通機関も麻痺し、はたして参加者が集まるのかどうか、主催の夜羽音さんをはじめ、ロフトプラスワンの方も心配しておりました。
ところが蓋を開けてみたら、なんとびっくり。収容150人のところに日本全国から500人以上のメガネスキー達が詰めかけたのです。私自身は荷物を置きに昼ごろに一度会場に行ったのですが、開催6時間前の段階で既に熱心なメガネスキーが並んでいて、びっくりしました。(そのあとパンフレットを印刷所に取りに行ったところ、悪天候で電車が止まってしまって大変な目にあったものの、印刷所の社長さんがわざわざ車で新宿まで送ってくれるというちょっといい話もあったりしました。しまや印刷さん、ありがとう~!)
収容人数の3倍を超えるメガネスキーが集まったことは、いま反省すれば見通しが甘かったと言われてもしょうがないのですが、当時は関係者一同が想像すらしていなかった事態でした。大槻ケンヂなど大物ゲストが来るようなイベントでさえ、こんな事態になったことなんてなかったわけですからね。
悪天候の中、ロフトプラスワンへの階段にも人が並びきらず、新宿コマ劇場前の広場まで列が連なりました。そしてそこは新宿、聞くところによるとポン引きをしているヤクザさんが行列に因縁をつけてきたらしいのですが、メガネスキー達はそんなことではびくともしません。メガネスキー達の迫力の前に、ヤクザさんたちは何もできずに退散していったと聞いております。
会場には当然人が入りきらないので、ロフトプラスワンは急遽外にモニターを設置して中の様子を映すなどの対応を行いました。ロフトプラスワンのイベントチケットは現在ローソンチケットで前売販売されていますが、そのきっかけとなったのはこの第一回「委員長」でした。「委員長」はロフトプラスワン史上空前の出来事であり、メガネの力をまざまざと見せつけた事件となりました。

第一回の出演者は、山本夜羽さん(主催なのに原稿締切に追われて遅刻!)、西川魯介さん(まんが者)、平野耕太さん(マンガ家)、伊藤伸平さん(マンガ家)、アーミー小川総帥さん(E-LOGiN編集)、児玉さとみさん(声優)、カンザキカナリさん(声優)、小菅真実さん(声優)、保科智子ちゃん(着ぐるみ)、はいぼく(わたし)。さらに、すたじおみりすの中の人や、ほしのえみこさん(マンガ家)が乱入して大変なことになりました。
内容はと言えば、まさにサバトとか秘密結社地下集会としか表現のしようがないようなものでした。Tommy February6神学論争とか、自主制作アニメ「眼鏡っ娘いえるかな」(「ポケモンいえるかな」のように151人の眼鏡っ娘を列挙した歌)上映とか、メガネが壊れたときに西川魯介師がサッと予備のメガネを取り出したり(いつもメガネを持ち歩いてる!)とか、平野耕太さんが暴言を吐いたりとか。壇上とフロアが一体となった異様な興奮のまま、あッという間に時間が経っていったのでした。
私自身個人的にも、空前絶後のメガネマンガ『屈折リーベ』を世に生み出した西川魯介さんと知り合って眼鏡理論が深まるなど、たいへん大きな意味を持ったイベントでした。