この眼鏡っ娘マンガがすごい!第107回:岡本美佐子「つむじまがり」

岡本美佐子「つむじまがり」

集英社『ぶ~け』1978年10月号

眼鏡が繋げた恋の物語。ヒーロー江崎くんの眼鏡フェチぶりに注目の作品だ。

眼鏡っ娘のちひろは高校2年生。中学生の時の失恋を引きずって、素直になることができない。人気者の江崎くんに対しても、当たりがキツくなってしまう。

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ある日、ちひろと江崎くんが図書室で衝突していたところ、不意に外れて落ちた眼鏡を、通りがかった男子が踏みつけて壊してしまう。ここで江崎くんが見せた対応に注目していただきたい。

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「めがねはおれが弁償するよ」から、間髪入れずに「放課後いっしょに買いに行こうぜ」のコンボ。相手に考慮させるヒマを与えずに、あっという間にデートに持ち込む、このテクニック。眼鏡を媒介にしたからこそ自然に成立している技術を、我々も積極的に見習っていきたい。
そして放課後めがねデート。

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自分の思い通りの眼鏡をかけさせ続ける江崎くん。作品が発表されたのが1978年ということで、まだ「眼鏡フェチ」という言葉は存在しなかったが、彼はどこからどう見ても明らかに眼鏡フェチだ。こうして江崎くんは、自らの理想通りの眼鏡っ娘を作り上げることに成功する。
しかし。江崎くんに惚れていた非-眼鏡の女が、意地悪な邪魔に入る。意地悪女がちひろに「江崎くんは誰にでも優しい。好きじゃない女にも優しいんだ。勘違いするな」と横やりを入れたところ、中学生の頃のトラウマを刺激されたちひろは、眼鏡を受け取らずに逃げ帰ってしまう。翌日、ちひろは江崎くんが選んだのとは別の眼鏡をかけて登校する。

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理想の眼鏡っ娘を失った江崎くんの抗議を見てほしい。「どうしたんだよそのめがねは」というセリフに、俺が選んだ眼鏡が一番似合うんだという自信と信念がみなぎっている。江崎くんが自分の選んだ眼鏡をちひろにかけさせようとしたとき、また非-眼鏡女が邪魔に入る。邪魔女は江崎くんの気を引こうとして、二人の間に割って入る。しかし江崎くんはブレない。非-眼鏡女を「あんたは向こうへ行っててくれ!」と追い返し、眼鏡っ娘が最も大事なんだという姿勢を明確にする。そして改めて自分が選んだ眼鏡をかけてもらうべく、告白モードへ。

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自分が選んだ眼鏡をかけてもらうことが、江崎くんにとってのプロポーズなのだ。意地を張っていたちひろも、ようやく江崎くんの熱意を受け入れ、眼鏡をかける。
眼鏡のおかげで過去のトラウマを克服したちひろ。一人の男が眼鏡に込めた信念がトラウマを超えて恋を成就させるという、胸熱の恋愛物語である。

■書誌情報

本作は31頁の短編。単行本『流星あげる』収録。絶版になっており、数も出ておらず、そこそこ手に入りにくそう。古本屋で見つけたら100円で売っていると思うが…

単行本:岡本美佐子『流星あげる』集英社ぶ~けコミックス、1981年

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第87回:えにぐまなみ「よよぎのじじょう」

えにぐまなみ「よよぎのじじょう」

集英社『ぶ~け』1994年10月~95年6月

眼鏡の「ON/OFF」の不連続性という特徴を存分に活用した作品。
ヒロインの「上原よよぎ」は眼鏡っ娘。ひょんなことから幽霊の「八幡よよぎ」と同調し、一つの体の中に二人の「よよぎ」の人格が入ってしまう。人格の切り替わりのスイッチが眼鏡だ。眼鏡ONの時は「上原よよぎ」の人格、眼鏡OFFの時は「八幡よよぎ」の人格になってしまうのだ。この世に未練を残して幽霊になっていた八幡よよぎは、生身の体を手に入れて大暴れ。ヒーローの渋谷道玄くんは、よよぎの不審な挙動の原因が眼鏡OFFにあると見抜き、よよぎに眼鏡をかけさせようとする。この眼鏡をかけさせようとするシーンを見ると、とても心が躍る。

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「さあっ、おとなしくこのメガネをかけるんだ」というセリフは、ぜひあらゆる場面で使用していきたい。
さて、無事に眼鏡をかけると、元の「上原よよぎ」の人格に戻る。

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こうして、二人の「よよぎ」に渋谷道元くんが翻弄されて、おもしろおかしいドタバタコメディが繰り広げられる。
しかしこの不安定な状態をいつまでも続けられるわけがない。上原よよぎと八幡よよぎがどちらとも道玄くんのことを好きになってしまったことから、人格のバランスが急激に崩れていく。特に眼鏡がなくなってしまってから、上原よよぎの声が聞こえなくなってしまう。眼鏡は幽霊の八幡よよぎを封印すると同時に、上原よよぎと八幡よよぎの心を繋ぐ「媒体」の役割を果たしていたのだった。その眼鏡が失われてしまったために、上原よよぎの人格が戻らないどころか、声すら聞こえなくなってしまったのだ。

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眼鏡が「心と心を繋ぐ媒体」の象徴として描かれたことには、非常に深い意味が込められている。八幡よよぎと道玄くんは、上原よよぎとの絆を取り戻すために、必死に失われた眼鏡を探す。

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眼鏡を捜索する過程で、道玄くんと八幡よよぎは、自分の本当の気持ちに気が付いていく。彼らは失われた眼鏡を探していたと思っていたが、本当は自分の気持ちを探していたのだった。本当に大切なことに気が付いた八幡よよぎは、自ら身を引くことを決意する。

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結局、眼鏡は見つかり、上原よよぎの人格も戻ってくる。このとき、道玄くんが後ろから眼鏡をかけてあげていることに注意したい。後ろから眼鏡をかけることは、「視線を共有する」ことを意味する(当コラム第68回参照)。ここで二人が共有しているのは、もちろん八幡よよぎへの思いだ。たとえ八幡よよぎが成仏し、この世から消えてしまったとしても。この眼鏡がある限り、絆は繋がり続けるのだ。
眼鏡の「ON/OFF」の切り替わりを人格変化のスイッチにする作品は、他にもいくつかある。が、それをさらに「絆」というテーマに昇華させたところに、この作品独特の凄さがある。

■書誌情報

単行本全2巻。作者の名前は、「えにぐま」が苗字。掲載誌は『ぶ~け』だが、コミックスはマーガレットレーベル。なんだかamazonで検索しても出てこないけれど、他の古本通販サイトではちゃんと出てくるはず。

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第62回:耕野裕子「ほんの少し抵抗」

耕野裕子「ほんの少し抵抗」

集英社『ぶ~け』1980年11月号

062_01「少女マンガの王道は、眼鏡のまま幸せになる」と訴え続けて、早10年。残念ながら世間ではまだまだ「少女マンガでは眼鏡を外すと美人」という誤った信念がまかり通っているので、本物の少女マンガの実例をたくさん挙げていきたい。

本作のヒロイン眼鏡っ娘は、密かに軽音部の斉藤くんのことが好き。でも、チビでニキビで跳ねっ毛で眼鏡という自分の容姿に劣等感を持っていて、告白なんかできっこない。そこで、唯一自分の意志で外すことのできる眼鏡を外してみようとする。この眼鏡を外したときの、どうしようもなく情けない姿の描写が素晴らしい。眼鏡っ娘は近眼で前が見えないので、フラフラしているうちに、斉藤くんとぶつかってしまう。斉藤くんが「メガネどうしたんだよメガネ」と抗議すると、眼鏡っ娘は「抵抗だったのよ」と言う。斉藤くんが、このセリフをスルーせず、眼鏡っ娘の曇った表情を見てしっかり「?」と気が付いているのが、さすが少女マンガのヒーローだ。

062_02眼鏡っ娘がぶつかったせいで遅刻してしまった二人は、居残りで宿題をすることになる。教室に二人きりになったときに、斉藤君は「抵抗って何の事」と聞く。最初はとぼける眼鏡っ娘だったが、「容姿への抵抗」と白状する。「わたしの容姿におけるあらゆる欠点の中で唯一自分の力をもって対抗しうるメガネをとるという行動」ということらしく、うだうだと言い訳を続ける。が、斉藤くんは「くっだらん」と一蹴するのだ。
さて、ここからの斉藤くんの一連の言動が、究極に男前だ。男のなかの男だ。我々も、斉藤くんにならって、眼鏡を外そうとする女子には、ぜひこう言わなければならない。「メガネしてるから、あんたなんだろうが」と。くあああぁぁ、カッコいい! これこそ少女マンガのヒーロー! さらに畳み掛けるように、「それとったらあんたじゃないって事だろ」と続ける。すげえ!一生のうちに一回は言ってみてえぇぇ!
そしてそのあとのやりとりが、決定的だ。この斉藤くんの精神を、ぜひとも世界中に広めたい。

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眼鏡っ娘は「そんな事いっても、男の人だって、女の子は顔がいいのやメガネしてないのがいいっていうじゃない!」と反論する。が、斉藤くんはクールに「それは人間のできてない男のいうセリフ」と諭す。これだ。これが世界の真理だ。眼鏡を外そうとする奴は、例外なく人間ができていないのだ!

耕野裕子は、80年代から90年代にかけて集英社『ぶ~け』のエースとして活躍。青春の甘酸っぱい一瞬を切り取って、繊細なセリフに乗せて表現するのが上手い。若いゆえに視野が狭く、だからこそ同時に純粋な人物たちの、傷つきやすく壊れやすい心の葛藤と成長を、胸が締め付けられるようなエピソードで描いていく。たいへん優れた青春作家だ。本作はまだ青春作家として花開く前の作品ではあるが、「人間というものの本質」に迫ろうという意志は各所に見える。人間の本質を描こうとする作家が、眼鏡っ娘の眼鏡を外すわけがないのだ。眼鏡っ娘の眼鏡を外すのは、「人間のできてない」マンガ家だ。

■書誌情報

本作は30頁の短編。単行本『はいTime』に収録。Amazonを見たら古本にひどいプレミアがついてたけど、古本屋を回れば200円で手に入ると思う。

単行本:耕野裕子『はいTime』(ぶ~けコミックス、1983年)

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