磨伸映一郎「TYPE-MOON作品集」
宙出版・一迅社・ラポート等、2002年~
我々は、現在進行形で創作世界の劇的な変化を目の当たりにしている。磨伸映一郎は、実は最も前衛的な領域を突っ走っている。自称芸術家の連中が「前衛」と称してくだらないママゴトをしている間に、磨伸映一郎は着実に世界を更新している。
今回紹介する作品は、もともと「アンソロジー」と呼ばれる種類の本に掲載されていた作品を集めたものだ。あるオリジナル作品に対するパロディ作品を集めて一冊にまとめたものを「アンソロジー」と呼び、もともとは1990年代に女性向け作品から市場を形成し(『ガンダムW』が目立っていた)、21世紀に入る頃に男性向け市場が広く形成された(『こみっくパーティー』が火付け役だろう)。
そのような「アンソロジー」の中で、極めて特異な性質を持つのが「TYPE-MOON」作品のアンソロジーで、その中でも一際異彩を放っているのが磨伸映一郎だ。まあ、ここまでは衆目が一致するところだろう。が、磨伸映一郎の仕事は、私の見立てでは、そのような世間一般の評価をはるかに凌駕する前衛的な領域を形成しつつある。作品そのものの解説については、『月の彼方、永遠の眼鏡』所収の奈須きのこによる解説に付け加える文字は一つもないので、私は外堀を埋めるような話だけ。
まず「TYPE-MOON」のありかたそのものが、TRPG的だということを指摘しておきたい。私は当初からTYPE-MOON作品にTRPGの影響を感じていたが、奈須きのこ氏御本人と一度だけ話をする機会があって、そのときに自信が確信に変わった。『月姫』はTRPG的想像力の中で可能性が最大限に引き出されたために、大きな説得力を持つ作品へと成長した。
いちおう一言添えておくと、「TRPG」とは「テーブルトーク・ロールプレイングゲーム」のことだ。コンピュータRPGでは、プレイヤーの行動に対する結果は、コンピュータが演算する。TRPGでは、プレイヤーの行動に対する結果は、人間であるゲームマスターが判断する。コンピュータでは、あらかじめ決められたアルゴリズムに沿って結果を算出するしかないが、人間が判断を下す場合、そこに人間らしい想像力が付け加わる。人間であるプレイヤーと人間であるゲームマスターがコミュニケーションを重ねる過程で、コンピュータのアルゴリズムでは思いつくはずもない、極めて斬新な結果が生まれることがある。だからTRPGは楽しい。そしてTRPGを素晴らしいものにするためには、(1)魅力ある世界観(2)ゲームマスターの采配力(3)プレイヤーの独創力が不可欠だ。
このようなTRPG文化の中から生み出された最初の成果が『ロードス島戦記』や『蓬莱学園』という作品に見える。そして発展を続けるTRPG文化は、21世紀に入って、TYPE-MOONというあり方そのものを生み出すに至る。奈須きのこという希代のゲームマスターに対して、それに負けないくらいの個性的なゲームプレイヤー達が「作品そのもの」に参戦する。渡辺製作所しかり、虚淵玄しかり、磨伸映一郎しかり。彼らが個別に生み出す作品だけでなく、彼らが積み重ねるコミュニケーション全体が実はTYPE-MOON-TRPGという一つの大きな作品へと織りなされていく。ここで形成された文化が既存の「同人」と大きく異なるのは、ゲームマスターという存在がいるかいないかという点だが、創作という意味ではこれが決定的な違いとなる。
既存の近代的な批評観念では、TYPE-MOON作品のようにゲームマスターの采配のもとで大量のプレイヤーを巻き込みながら進化発展を続ける「生き物としての作品」を把握することは不可能だ。その最大の過ちを犯したのが、評論家の東浩紀だろう。彼には不幸なことに、TRPGに対するセンスが完全に欠如していた。ボードリヤール流の「複製芸術」観念を持ちだして理解しようとするのが関の山と言ったところだったが、それではTRPG的世界を一覧することはできない。磨伸映一郎の作品を理解することはできない。
結論を言えば、磨伸映一郎が一連のアンソロジーで行っていたことは、単なるパロディではない。TRPGだ。その証拠に、ゲームマスター奈須きのこからのリアクションがあり、さらにそれにたいする応答まであった。プレイヤーとマスターの間でコミュニケーションを積み重ねながら世界観がより豊かに深まっていくとき、もはやそれはパロディを超えている。二人のコミュニケーション自体が一つの世界を作る創作行為だ。
そして、重要なことは、TRPGがゲームとして成立するためには、マスターがプレイヤーをプレイヤーだと認めなければならないところだ。常識的な作品世界では、アンソロジー作家をゲームのプレイヤーと認定することはありえない。そんなことができるのは、TRPG的センスを濃厚に持ちつつ、さらにゲームマスターとしての采配を振るうだけの実力も持っているTYPE-MOONだけだ。そして、希代のゲームマスターの期待に応えられる独創的なプレイヤーは、そうゴロゴロと世の中に転がっているわけではない。磨伸映一郎は、その才能を持っていた。磨伸映一郎の仕事とは、実は極めて限定的な条件の下でしか起こりえない、前代未聞の創作活動なのだ。
(ただし言い添えておくと、プレイヤーとしての立ち位置は、今回紹介したアンソロジー集と現在連載中の『氷室の天地』ではまったく異なる。『氷室の天地』は現在進行系の作品なので、落ち着いたときにでも、また改めて。)
■書誌情報
磨伸映一郎のアンソロジー集は、2015年現在で4冊出版されている。刊行年順に、『月の彼方、永遠の眼鏡』(一迅社、2006年)、『月光はレンズを越えて』(宙出版、2007年)、『月の彼方、永遠の眼鏡2』(一迅社、2010年)、『月光はレンズを越えて改二』(一迅社、2014年)。
ちなみに本文中ではほとんど触れるヒマがなかったし、私が言うまでもないことではあるが、もちろんすべてが眼鏡愛に満ちている。
『月の彼方、永遠の眼鏡 TYPE-MOON作品集』(一迅社、2006年)
『月の彼方、永遠の眼鏡 2 TYPE-MOON作品集』 (一迅社、2010年)
『月光はレンズを越えて』 (宙出版、2007年)
『月光はレンズを越えて 改二』 (一迅社、2014年)
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