この眼鏡っ娘マンガがすごい!第119回:嶋木あこ「好きになるまで待って」

嶋木あこ「好きになるまで待って」

小学館『Cheese!増刊』2006年7月号

054_hyou

美しい「眼鏡っ娘起承転結構造」を見せてくれる作品である。ここまでこのコラムを読んでいただいている方には「またか」と思われるかもしれないが、まだ足りない。世間に「眼鏡を外す方が美人」などという地獄的に間違った認識が残存している限り、私は「それは違う」と言い続ける。少女は眼鏡のまま幸せなるのであり、なるべきであり、それが世界の真理である。それが「世界の真理」であることは、この「眼鏡っ娘起承転結構造」が明確に示している。だから「これでもか!」というほど「眼鏡っ娘起承転結構造」の実例を示し続けていく必要があるのだ。

さて、主人公の眼鏡っ娘=伊達麻子は、先生からも「ダサ子」などと言われているほど容姿が劣っている。恋の相手となる氷上くんのことも、物語冒頭では苦手だ。

119_02

しかし麻子は、自分の机の中に置いてあった氷上くんの携帯電話を思わず投げ捨て、金魚の水槽に沈めてしまう。氷上くんはそれをネタに、麻子のことを奴隷として扱い始める。
が、それは氷上くんが、麻子を綺麗なレディにするための策略だったのだ。氷上の手によって、麻子は美しくなる。このとき眼鏡は外されてしまう。

119_03

氷上くんの手ほどきによって美しくなる麻子。しかし当の氷上くんは、浮かない顔をしている。周囲は麻子のことを美しくなったと褒め称えるが、氷上くんにとっては何かがしっくり来ないのだ。

119_04

本を読んでいるふりをしているが、お約束で逆さまだ。動揺が隠せない氷上くん。
いっぽう麻子は、思いを寄せる当て馬男子から氷上くんのウソを告げられる。もともと麻子が奴隷となるきっかけとなった氷上くんの携帯電話のメモリなど、最初から存在しなかったのだ。麻子は、氷上くんにからかわれて遊ばれていたと思い込む。

119_05

しかし。実はもともと氷上くんのほうから眼鏡っ娘に近づきたかったのだ。眼鏡っ娘と話すきっかけを作るために、わざわざ携帯電話を眼鏡っ娘の机に置いておいたのだ。氷上くんはメガネスキーだったのだ!
しかし若いうちは、自分がメガネスキーであることを自覚することは難しい。私もそうだった。氷上くんは、麻子の眼鏡を外して美しくしてやったつもりだったが、それこそが違和感の正体だった。眼鏡を外した麻子の姿に落ち着かなかったのは、彼がメガネスキーだったからだ。それに気が付いた氷上は、ようやく自分に正直になる。眼鏡っ娘が好きだと告白する。

119_06

この最後に引用したシーンの前のページが、実は非常に素晴らしい。氷上くんが鞄の中から携帯電話を取り出すかと思ったら、なんと取り出したのは眼鏡だったのだ。氷上くんは、自ら麻子に眼鏡をかけて、告白する。「おまえがメガネの時からだ」。この一連の流れは、神展開だ。私も人生の中でぜひ一度は言ってみたいセリフだ。「おまえがメガネの時からだ」

ということで、眼鏡を外して美人になったかと思いきや、そこでハッピーエンドにならず、眼鏡をかけて大団円という、典型的な「眼鏡っ娘起承転結構造」を示す素晴らしい作品である。
119_01

■書誌情報

本編は40ページの短編。同名単行本所収。電子書籍で読むことができる。
表紙は氷上くんが麻子の後ろから眼鏡を外しているように見えて、実は読む前は眼鏡を外すやつじゃないかと不安でしょうがなかった。しかしこれ、実は後ろから眼鏡をかけている瞬間だと解釈したほうがいいだろう。

Kindle版:嶋木あこ『好きになるまで待って』小学館、2007年

 

■広告■


■広告■

この眼鏡っ娘マンガがすごい!第98回:coco「今日の早川さん」

coco「今日の早川さん」

2006年~web媒体発表

098_01

098_03ビブリオマニア(度を越した本好き)たちが繰り広げる、捩じ曲がった面倒くさい自尊心と自虐の入り混じった、身につまされる物語。5人の主要登場人物のうち3人が眼鏡っ娘というところが、さすがビブリオマニアで、とても嬉しい。
メインヒロインは、SF好きの早川さん。セルフレームの黒縁眼鏡。高踏派の岩波さんは、黒のメタルフレーム。稀覯本好きの国生さんは、まんまるメタルフレーム眼鏡。それぞれ眼鏡に特徴があって、みんなかわいい。まあしかしホラーマニアの帆掛さんは視力が悪いにもかかわらずコンタクトであったことが発覚し、少々がっかりではある。

というわけで眼鏡っ娘たちがSFについて薀蓄を傾けたり、古本屋をハシゴ襲撃したり、古本屋の戦果を自慢したり、古本屋の品揃えについて不満をぶちまけたりする。特に本に対して思い入れのない人には何を言っているかさっぱりわからない内容だろうが、多少なりとも本というモノに思い入れがあれば、苦い思い出を伴いつつ共感してしまうような、そういう作品だ。だから、本作は客観的に共通した評価を得るような類の作品というよりは、読者自身の読書遍歴と読書観に応じて様々な読まれ方がされるだろう作品だ。「読む人を選ぶ」ような作品とも言える。多少なりともSFの知識がないと疎外感を味わってしまうかもしれない。逆に言えば、多少なりとも本というものに思い入れがあれば、どばどば言葉が溢れ出てくることになる。「語りたくなる」ような作品でもある。

本作はドラマCDにもなっており、キャストがなかなか豪華。早川さん=池澤春菜は、眼鏡っ娘らしくてとてもよかった。SF好きが集まったら、ランダムで「いろはかるた」を流してカルタ大会をすると楽しそうだ。(単行本3巻限定版にカルタ本体も付属しているので、合わせて遊びたい)

■書誌情報

単行本既刊3巻。2巻と3巻は限定版がある。3巻限定版には、ドラマCDとセットになった「いろはカルタ」が付属している。

単行本セット:coco『今日の早川さん』1-3巻セット
ドラマCD:『キャラアニ:ドラマCDシリーズ 今日の早川さん』

作者のblog:http://horror.g.hatena.ne.jp/COCO/

 

■広告■


■広告■

098_02さて、というわけで、この作品について語ろうとすると、はからずも自分自身の読書遍歴に触れざるを得なくなってしまう。というか語りたくなる。以下は私の自分語りで、眼鏡っ娘とはあまり関係ないので、独り言として扱っていただければと。
私は今でこそマンガ以外のフィクションはほとんど読まなくなり、活字ではもっぱら人文社会科学の学術書だけを読んでいるわけだが、高校生のころはそこらへんによくいるラノベ読みだった。まあ私の高校生時分にはラノベという言葉はまだ存在せず、ソノラマ文庫を中心としたジュヴナイルSFがそれに該当する。当時は菊地秀行とか夢枕獏が流行っていた。他にはアニメージュ文庫がSFの入口で、『死人にシナチク』とか読んで喜んでいた。
が、高校生だけあって、ちょっと背伸びしようということで、いよいよ本格SFに手を出そうとしたわけだ。が、残念ながら周りに本格SF読みがおらず、手ほどきしてくれる先導者がいなかった。そして当時はまだインターネットもなかった。頼りは、当時定期購読していた『LOGiN』というパソコン雑誌だけだった。『LOGiN』にはSFのページが毎月あったのだが、ある月の特集で最先端のSF作品として『ニューロマンサー』がイチオシされていたのだ。私は『LOGiN』の特集を鵜呑みにして、さっそく『ニューロマンサー』を買ってきてしまった。私のハヤカワ文庫初体験は、『ニューロマンサー』だった。いやはや……。ということで、大学に入るまで、再びハヤカワ文庫に手を出すことはなかった。
まあ、10年後に読み直してみたところ、『ニューロマンサー』はとてもおもしろい作品だった。しかしそれをおもしろいと感じるに至ったのは、先導者たちの手ほどきのおかげだったと思う。「新月お茶の会」というSF・ミステリのサークルで出会った先輩たちは、ジュヴナイルしか読んでこなかったなまぬるい新参者を温かく迎えてくれた。サイコドクターとか、ディックのことはディック以上に知っている先輩とか、後に金田一少年の事件簿のブレーンになる人とか、たこしさんとか、いま思い返してもすげぇ先輩たちだった。本作を読んでいてしみじみと思い出すのは、このサークルが纏っていた空気だ。まあ、先輩たちには本作のキャラほどのひねくれた自尊心と自虐心はなかったけれども、私の立ち位置は本作で言うラノベちゃんに当たる。お勧めのSF作品として、いきなりノーマン・スピンラッド『鉄の夢』を与えられたのは、やはり通るべき道ということか。
まあ残念ながら、私はハヤカワ文庫や創元ミステリを読むようなキャラではなく、みすず書房とか勁草書房とか青土社の本を優先して読むようなキャラに育ってしまうわけだけれども。岩波文庫だったら緑背表紙はあまりなく、ほとんどが青と白で埋まるタイプだ。とはいえ、若いころに吸ったSF者の「ビブリオマニア」の空気は、得難い経験として、人格の一部になっているように思う。
そんなわけで本書を読んだ直後の第一感想は、「はー、岩波さんもしょせんフィクションしか読まないのね。岩波文庫は緑を読んでいるうちはまだまだヒヨッコで、黄色か青色のほうが圧倒的におもしろいだろ」っていう、とてつもない上から目線なものだったわけだが、これこそが私自身に色濃くしみついていたビブリオマニアのひねくれた自尊心というやつで、直後に「いやはやいやはや」と頭を掻くのだった。いやはや。

ところで他に書く機会がないからここに書いておくのだが、明治時代に犬養毅が編集した経済雑誌を読む必要があって慶応大学図書館の地下書庫にこもったとき、ふと何かを感じて右方にある本棚を見上げたら、視線の先にちょうどあったのが英語版の『NECRONOMICON』ということがあった。とても、恐ろしかった。

この眼鏡っ娘マンガがすごい!第63回:山本景子「CICA CICA BOOM」

山本景子「CICA CICA BOOM」

集英社『マーガレット』2006年No.13~2007年No.1

063_01

ものすごい眼鏡マンガなので、ぜひとも自分の眼で確かめてほしい。強烈。
ヒロインは春日百々(かすがもも)。小学4年生から眼鏡だったが、高校入学をきっかけにコンタクトにするつもりでいた。しかし、だ。初っ端のエピソードで思わず「ブラボー!」と叫んでしまった。

063_02

なんとお父さんが高校入学祝いに32万円の眼鏡を買ってきたのだった! やったぜ親父! コンタクトにするつもりだった百々は、これで眼鏡をかけざるをえなくなる。

ここから百々にメガネの神様が降りてくる。入学早々、イケメンのめがね君が、入部勧誘で百々に声をかけてくる。あまりのイケメンぶりについていったところ、その部活は「眼鏡研究部(がんきょうけんきゅうぶ)」だった!

063_03

壁一面の眼鏡。ここは天国か? 部長・山田太郎の眼鏡パワーに圧倒されて、思わず入部してしまう百々。しかし世間は愚かな偏見に満ち溢れていた。廊下を歩いていると、いきなり百々の眼鏡がバカにされてしまう。悔しさに涙ぐむ百々。そこに部長登場! あっという間に眼鏡の素晴らしさを説き聞かせ、百々を救う。そして眼鏡を貶めるような愚かな発言をした女生徒に畳み掛けるのだ。

063_04

救われた百々は、部長のことも、眼鏡のことも、だんだん好きになっていく。しかし事はそう簡単に運ばない。部長は百々よりも眼鏡に夢中。百々は次第に寂しさを感じるようになっていく。部長はただ単に眼鏡を見ていただけで、私という人間のことにはまったく関心がないのだ、と。百々は固い決意を込めて、眼鏡を外してオシャレをして部長の前に立つ。しかし部長は「メガネはどうしたんだい?」と、眼鏡のことしか気にしない。いよいよ感情があふれた百々は、部活をやめると言って部室を飛び出すのだった……。
ああ、そうだ、これは西川魯介や小野寺浩二が全力でぶち当たっていった、あの難問だ。「私と眼鏡とどっちが好きなの?」って言われたところで、おれたちは眼鏡の君が好きなんだああ!ぐわあああ!
それはさておき、この作品も、「愛」とは何かについてしっかり結論を出す。眼鏡を突き詰めると「愛とは何か?」という問題に行きつき、さらに眼鏡を突き詰めるとその答えが見える。本作の結論も、美しい。

ここまでが読み切り部分だが、人気があったのだろう、連載が始まる。この連載でもパワーが落ちない。素晴らしい。眼鏡研究部と生徒会の対決で百々がミスコンテストに出ることになったり、そこであまりにも可愛かったため、眼鏡っ娘好きのストーカーに狙われたり。ストーカーに拉致されたときの絵が、またすごい。

063_05

壁一面の眼鏡っ娘写真。うーん、どこかで見たような、デジャヴ?って、おれんち?
ストーカー事件を眼鏡パワーで解決した後も、部長の妹(もちろん眼鏡っ娘)が大暴れしたり、温泉に部長と二人きりで閉じ込められたり、すごい眼鏡展開。

しかし、最終回はホロっとしてしまった。それまで受け身一方だった百々が、積極的に部長と部活のために動きまわる。眼鏡とは「見る」ための能動的なアイテムだ。最後の最後で百々は自分の意志で世界を変えていくことで、真の眼鏡っ娘となった。最初から最後まで素晴らしい眼鏡っ娘マンガだった。
20世紀には、こういうマンガが少女誌に掲載されることは想像もつかなかった。伝統の『マーガレット』に掲載されていたことの意味は、非常に大きい。

■書誌情報

063_06単行本全2巻。単行本描きおろしの百々ちゃんコスプレイラストとか、とても気持ちいい。
古本の値段が安い今のうちにゲットしたほうがいいと思う。一家に一冊そろえておきたい。

単行本:山本景子『Cica cica boom』1巻(マーガレットコミックス、2007年)
単行本:山本景子『Cica cica boom』2巻(マーガレットコミックス、2007年)

■広告■


■広告■

この眼鏡っ娘マンガがすごい!第13回:岸虎次郎「マルスのキス」

岸虎次郎「マルスのキス」

ポプラ社『COMIC PIANISSIMO』2006年vol.1~2007年vol.4

013_01

眼鏡から始まり眼鏡に終わる、百合と眼鏡の奇跡的なコラボ作品。

013_02ギャル的生活を満喫していた由佳里は、席替えで眼鏡っ娘・美希の隣になる。最初は美希のことをネクラなガリベンと馬鹿にしていた由佳里だったが、美希が美術室のマルス像にキスしていた場面を偶然見かけたところから、急速に仲良くなる。眼鏡っ娘の素直さに触れているうちに、由佳里は次第に自分のギャル的生活に疑問を持つようになってくる。本当に自分はこんな生き方をしたかったのか? そんなある日、彼氏ができたと美希が由佳里に報告する。そこで由佳里は自分の本当の気持ちに気が付いて……

百合作品であると同時に、ストーリーの要に必ず眼鏡があるという、素晴らしい眼鏡作品。メガネ同志でキスをすると眼鏡がぶつかって「かちっ」と鳴るエピソードは、竹本泉も描いていたけれど、竹本泉の方は例のほんわか系なのに対し、本作のエピソードはとても切ない。そして温かい。切なくも温かい気持ちになれるのは、眼鏡っ娘が終始素直でまっすぐだからだろう。
013_03話も眼鏡的に素晴らしいが、ビジュアルも非常に秀逸。眼鏡をきちんと丁寧に描いてあって、とてもうれしい。特にすばらしいのは、あおりの眼鏡描写と、斜め後ろからの眼鏡描写。斜め後ろから眼鏡っ娘を見ると実際にはレンズの裏側が見えるのだが、それをきちんと描く作品はめったにない。本作はレンズの内側がきちんと見えて、それが極めてエロい。また、あおり角度の眼鏡描写は美しく描くことがとても難しいのだが、本作はさらっと描いてしまっていて、それが難しいことすら忘れさせてくれる。極めて高度な技術であることは間違いなく、そしてその技術は眼鏡に対するこだわりという裏付けがなければ不可能だろう。

ストーリー的にもビジュアル的にも眼鏡に対する深い理解が感じられる傑作だ。ありがとう、ありがとう。

■書誌情報

013_04どうやら新刊では手に入らなさそうなので古本に頼るしかないが、amazonだとプレミアがついちゃってて、ことごとく定価よりも高額に設定してある……。もっと広く行き渡ってほしい作品だなあ。

単行本:岸虎次郎『マルスのキス』 (PIANISSIMO COMICS、2008年)

ちなみに眼鏡同志でキスをしても、意識的に当てようとしなければ、なかなか当たらない。そこを意図的にカチカチ当てに行くのは、とても楽しいね☆


■広告■


■広告■