竹本泉「トゥインクルスターのんのんじー」
白泉社『ヤングアニマル』1993年17号~
1990年代初頭に竹本泉が男性向け媒体に進出したことは、個人的にはかなり衝撃だった。特に1993年に開始された本作のインパクトは、劇的に強烈だった。この1993年という年は、CLAMPが『なかよし』で「魔法戦士レイアース」の連載を始めた年でもある。『なかよし』でデビューした竹本泉が青年誌に進出したタイミングでほぼ同時にCLAMPが『なかよし』に侵入した事実は、少女マンガ技法と「萌え」の本質的な関係を考える上で、象徴的な意味を持つ。1993年の段階で、少女マンガ技法は一部の限られた数寄者の独占物を超え、広く一般化したのだ。少女マンガ技法の一般化は、「萌え」が一般化するための技術的前提となっていく。「萌え」というものを技術的に考える上で本作の持つ意味は計り知れないほど大きい。そしてもちろん、その重要性は本作のヒロインが眼鏡であることによって決定的になる。
本作のヒロインは、眼鏡っ娘考古学者のノンノンジー18歳。舞台は西暦2264年だが、ちゃんと眼鏡は健在だ。ただノンノンジーは近眼というわけではなく、魔眼を封じるための暗示アイテムとして眼鏡を着用している。まあ、理由はどうでもよい。眼鏡っ娘であるという事実だけが決定的に重要だ。とにかく、この眼鏡っ娘が、かわいい。問答無用で、かわいい。作者が蓄積してきた少女マンガ技法が存分に発揮された、圧倒的なかわいさだ。これが、「萌え」だ。竹本泉の青年誌進出は、少女マンガ技法が決定的に「萌え」として定着した瞬間だった。少女マンガ技法の男性媒体への輸入が「萌え」の技術的前提となる。「萌え」という概念について様々な論者による様々な定義がなされてきたが、私から見ればそれは「少女マンガ技法が発する情報を処理しきれない男性視点が行う情報縮減」でファイナルアンサーであり、東浩紀が言うようなデータベース消費等の説明は残念ながらトンチンカンだ。東浩紀の言う「萌え要素」なるものの大半が少女マンガでは1970年代から既に存在していたことを視野に入れるだけで、物事の本質が見えやすくなる。
さて、のんのんじーの潜在力は、10年後に出版された単行本の第2巻で遺憾なく発揮される。本編はいつもの竹本節なのだが、単行本に寄稿したゲストがものすごいメンツだった。50音順敬称略で、あさりよしとお、伊藤明弘、久米田康治、倉田英之、志村貴子、田丸浩史、鶴田謙二、中村博文、二宮ひかる、平野耕太、舛成孝二、陽気婢。一見して、眼鏡濃度の高い面子であることが分かるだろう。そして期待に違わず、眼鏡満足度はMAXだ。このゲストたちがノンノンジーを描き、竹本泉が各ゲストのリクエストにこたえてイラストを描く。この単行本2巻は、ノンノンジーという一つの作品であることを超え、眼鏡描画技術そのものを考察するうえで極めて示唆に富む貴重なカタログとなっている。のんのんじー2巻抜きでは眼鏡「萌え」というものを語ることは不可能だろうという、歴史的必須資料といってよい。扉絵の、のんのんじーコスプレ大集合とか、すごすぎる。指で目尻を下げて読子のマネをしているノンノンジーときたら、ああっ、もう!
ということで内容的にも形式的にも時期的にも「萌え」というものを考える上で極めて重要な作品であることは間違いない。そしてそんな作品のヒロインが眼鏡っ娘であるという事実について人々は真摯に受け止める必要があるだろう。
■書誌情報
いまのところ単行本2冊。初登場から20年経った今も完結していないが、今後どうなるのか?
単行本:竹本泉『トゥインクルスターのんのんじー』実質第1巻(白泉社、1994年)
単行本:竹本泉『トゥインクルスターのんのんじーEX』実質第2巻(白泉社、2004年)
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