この眼鏡っ娘マンガがすごい!第139回:岩岡ヒサエ「オトノハコ」

岩岡ヒサエ「オトノハコ」

講談社『Beth』2006年vol.1~07年vol.8

眼鏡っ娘は脇役の部長として登場する。が、ほとんど主人公を食って活躍する。これは眼鏡っ娘の物語だ。

いちおうの主人公きみは、高校生になって、憧れの合唱部に入部する。しかし合唱部は、ほとんど廃部同然の状態だった。その合唱部の部長を務めているのが、眼鏡っ娘だ。物語序盤、部長はかなり不気味に描かれている。

回を追うごとに部長の奇行は加速していく。「キシャー」て。大怪獣か。

が、同時に味も出てくる。一人の人間としての魅力が、尋常ではないほど、画面からにじみ出てくる。合唱への愛情、部員への気配り、目標に向かって挫けない根性、自分たちはできるという信念。一人の人間として自分の足で立っているのは、眼鏡っ娘だけだ。だから、他の部員も部長を信じてついていける。部長の愛情と気配りと根性と信念が、廃部寸前だった合唱部に奇跡を起こす。大感動だ。

で、そんな魅力的な人格に成長した眼鏡っ娘だからだろう。単行本巻末のオマケ4コマまんがで、例のアレが描かれそうになった。そう、「眼鏡を外したら美人になる」という、例の忌まわしいアレだ。感激して部長が泣いて眼鏡を取りそうになったとき、部員は「部長の素顔が見られる!?」ということに強烈な興味を持つ。まあ、オチとしては素顔を見ることはできないわけだが。しかし「眼鏡を取ったら、あんな奇行ばかりの部長が、実は美少女なのか?」という興味関心が確かに描かれていることは間違いない。問題は、どうしてそういう物理的にはあり得ないような関心を持ってしまうかということだ。

まあ、若かった頃は大いに憤慨したものだった。眼鏡を外して美人などということは物理的にありえないと、拳を振り上げて主張したものだった。その思い自体は変わらないが、大人になって丸くなったからかどうか、もう少し冷静に事態を眺められるようになった。事の本質が「眼鏡っ娘が人格的に極めて素晴らしい」というところにあるのではないか、と思うようになってきたのだ。

本作でも、部長は極めて人格的な魅力に溢れている。が、一方で作画上では、大怪獣のように扱われている。この人格と見た目の間のギャップを一身に背負っているのが眼鏡というアイテムなのだ。眼鏡以外では、このギャップを表現することができないのだ。「眼鏡を外して美少女」という例の忌まわしいアレではあるが、それはひょっとしたら眼鏡っ娘が人格的に決定的な魅力を発しているときにこそ沸き上がってくる欲望なのかもしれない。しかし、「眼鏡も人格の一部である」ということを自覚するとき、その欲望は挫折せざるを得ない。本作でも、最終的に部長が眼鏡を外した姿を見ることはできない。なぜなら、眼鏡は彼女の人格の一部だからだ。

人格の一部であるにも関わらず、人格から分割できるアイテム。このあたりに、眼鏡がインスピレーションの源泉となる秘密があるように思う。

書誌情報

同名単行本全一冊。Kindleでは(1)が無料で読めて、(2)が108円。

【単行本】岩岡ヒサエ『オトノハコ 』講談社、2008年

【Kindle版】岩岡ヒサエ『オトノハコ』(1)
【Kindle版】岩岡ヒサエ『オトノハコ』(2)

 

 

 

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眼鏡文化史研究室

9/3昼の部 おすすめ眼鏡っ娘作品一覧

9/3大阪「委員長」昼の部「この眼鏡っ娘マンガがすごい」で、参加者の皆様からプレゼンしていただいた、すごい眼鏡っ娘作品の一覧です。
知らない作品を教えていただいたり、また知っている作品でも新しい見方を提示していただいたりして、眼鏡っ娘観が豊かになる有益な時間となりました。時間が短い中、プレゼンしていただいた皆様、ありがとうございました。
聞いていた方からも好評でしたので、また今後ともこういう形でフロアの皆様からプレゼンしていただくような機会を設けていきたいと考えております。

 

水上悟志「散人左道」少年画報社 きのはら了さんより

尾瀬あきら「走れ!びーとるず」小学館 ゴージャス和歌山さんより

森川ジョージ「はじめの一歩」講談社 「さ」は鯖江の「さ」さんより

角光「ニコべん!」秋田書店 ktrさんより

小林立「咲-saki-」スクウェア・エニックス valuさんより

古舘春一 「ハイキュー!!」集英社 わんだ~らんど店長さんより

NHK「NHKラジオ 基礎英語2」 眼鏡大元帥さんより

平本アキラ「監獄学園」 トレカ番長さんより

星里もちる「危険がウォーキング」徳間書店 サカキゲンさんより

みず谷なおき「Hello!あんくる」徳間書店 サカキゲンさんより

藤木俊「はじめてのあく」小学館 吉井正光さんより

■藤木俊「進めギガグリーン」小学館 神谷真尋さんより

西尾維新+浅見よう「掟上今日子の備忘録」講談社 そふぁーさんより

磨伸映一郎「月の彼方、永遠の眼鏡」一迅社 さけさんより

■「アイカツスターズ!」バンナム リブロさんより

辻田りり子「恋だの愛だの」白泉社 暇人さんより

都戸利津「嘘解きレトリック」白泉社 暇人さんより

水谷フーカ「14歳の恋」白泉社 暇人さんより

小野ハルカ「桐生先生は恋愛がわからない。」小学館 ナオトリさんより

安仁谷ユイジ「テンペスト」講談社 じりんぬさんより

迂闊「のみじょし」竹書房 山本夜羽音さんより

倉田英之「R.O.D」集英社 倭蒐堂さんより

 

ブログの「この眼鏡っ娘マンガがすごい!」で、私の方から改めて作品をご紹介することもあると思います。重ね重ね、ご参加、ありがとうございました!!

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第138回:聖千秋「VIP & Celeb」

聖千秋「VIP & Celeb」

集英社『コーラス』2002年7月号~12月号

元気で活発で自発的に行動する眼鏡っ娘がヒロイン。テンプレ的なキャラ属性表現がまったくない一方で、眼鏡というアイテムの思想的意味を存分に展開している、見所の多い作品である。

ヒロインの梨沙は、交差点でぶつかった男子に一目惚れする。

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落ちた眼鏡を自分の携帯電話よりも先に拾ってくれたのが、恋のきっかけだった。行動的な梨沙は、その男子にアタックするため、同じ高校に進学する。

しかし高校に進学してから待っていたのは、厳しい格差社会だった。憧れの先輩は雲の上の「VIP」メンバーで、一般生徒が声をかけていいような存在ではなかった。近づこうとすると、取り巻きの女子生徒から攻撃を喰らってしまう。なんとか動物つながりで話ができるようになっても、「メガネザル」に似ていると言われる始末。前途多難である。

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しかしこのメガネザルが二人を繋げる大きな鍵になるのだから、メガネは侮れない。

梨沙は、なんとかVIPの先輩に近づこうと、オシャレをして美しくなる努力を始める。その甲斐があって、だんだんメンバーの一員として認められ始める。
ここで眼鏡を外してしまって表面上は美しくなったように見えて、ガッカリするかもしれない。しかし私には、「これは起承転結の承にすぎない」という予感があった。なぜなら、梨沙が無理に背伸びをして本当の自分を見失っているような描写があったからだ。

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たとえば、先輩に「メガネの跡ついてる」と指摘されるシーンがある。これは、眼鏡を外してお洒落をしたつもりになっているかもしれないが、実際は無理に「本当の自分」を押さえ込んでいるだけということの比喩になっている。眼鏡を上手に使った描写だと感心する。

そして「転」では、やはり眼鏡をかけなおす。

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自分が入ろうとしていたVIPの世界が、そんなに素晴らしいものではないということ。そして自分が無理をしてその世界に入る必要なんてないということ。今まで自分が勘違いをしていたということ。本当の自分というものを見失っていたということ。梨沙は、こういった世界の真実を、一気に理解する。そしてその象徴が、眼鏡をかけるという行為に表れる。そしてこのシーンのモノローグがとても良い。「メガネをかけるとモノがはっきり見えてくる」。眼鏡をかけるという行為が、世界の真実と本当の自分をしっかり理解することの象徴となっているのだ。

そして眼鏡をかけ直した梨沙を、憧れの先輩がしっかり受け止めてくれる。病気になったメガネザルを病院に連れて行ったことが直接のきっかけになっているのも、また良い。

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最初の出会いも眼鏡だし、「見る」という主体性の象徴としての眼鏡もしっかり描かれているし、メガネザルも重要アイテムになっているし、起承転結構造になっているし、眼鏡的な見所が満載の良作である。

書誌情報

同名単行本全一冊。作者の聖千秋は青春のほろ苦さを厭味なく爽やかに描くことが得意な作家だが、密かに眼鏡っ娘キャラも多い。

単行本:聖千秋『VIP & celeb』集英社、2003年

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第137回:伊藤かこ「リップマジックへ誘って」

伊藤かこ「リップマジックへ誘って」

実業之日本社『おまじないコミック』1987年10月号

美しい「眼鏡っ娘起承転結構造」を鑑賞することができる佳作である。

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起:三橋杏子は三つ編みの眼鏡っ娘。勉強が良くできる一方、自分のことをかわいくないと思い込んでいる。その一方で、女性を外見で判断するような低脳男は「こっちからお断り!」で、「知的な男性と知的な恋をする」と夢見ている。現実を知らず、夢を夢見ている状態と言える。現実は「眼鏡をかけているからこそ美しい」のだが、それを認識できていない残念な状態だ。

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承:そこへ悪い男登場。杏子の眼鏡を外し、三つ編みをほどいて、化粧を施し、ファッション誌のモデルに抜擢する。チヤホヤされた杏子はたちまち舞い上がり、「自分を見抜いてくれた」と勘違いして悪い男に惚れてしまう。眼鏡をほったらかしにして、熱心に化粧を始める。だがもちろん、眼鏡っ娘から眼鏡を外すような男は、悪い奴に決まっているのだった。先が見えない不幸ロードまっしぐらだ。

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転:杏子の幼馴染みでヘアメイク担当の慎ちゃん(メガネスキーかつミツアミスキー)は、物事の本質を見抜いていた。眼鏡っ娘に心からの忠告をするが、眼鏡を外して心まで近眼になっている杏子には世界の真実が見えない。慎ちゃんの忠告を無視して悪い男にすがりつくが、最後には騙されていたことを知り、酷く心を傷つけられる。杏子は、ようやく自分が間違っていたことに気がつく。

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054_hyou結:杏子は再び眼鏡をかける。しかしそれは単に「起」の状態に戻ったことを意味しない。眼鏡をかけることで、杏子には世界の姿がよく見えるようになっている。現実をしっかり認識し、自分のことも深いレベルで理解し直している。杏子ははっきりと「眼鏡こそが自分の個性であり魅力である」と認識している。眼鏡をかけるとは、世界と自分を正しく認識するということだ。そして隣には慎ちゃん。眼鏡を外さないこの男は、きっと杏子を幸せにしてくれるだろう。

書誌情報

本編は60頁の短編。単行本『あなたからおしえて』所収。作者の伊藤かこは、他にも良い眼鏡っ娘マンガをいくつか描いている。作者似顔絵の眼鏡もかわいい。

単行本:伊藤かこ『あなたから教えて』実業之日本社、1990年

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第136回:星野めみ「レディス・カツ丼・ジェントルメン」

星野めみ「レディス・カツ丼・ジェントルメン」

講談社『BE・LOVEブライダル』1991年第9集

眼鏡を大切にする女性には必ず幸せがやってくるという物語である。
ヒロイン花野都の実家はソバ屋。眼鏡っ娘はOL業の傍ら実家で手伝いをしている。OLのときは眼鏡をかけているが、実家の手伝いの時は眼鏡をかけていない。ある日、ソバ屋に来店したメガネ男子がカツ丼を食べて大感激して帰って行った。実はそのメガネ男子こそ、眼鏡っ娘が勤めている会社の憧れの若社長だったのだ。
翌日、その社長が眼鏡っ娘に気づいて話しかけてくる。

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憧れの社長に直接はなしかけられて舞い上がる眼鏡っ娘。そのときの感激の仕方にちょっと注目したい。

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眼鏡っ娘は「私がメガネかけててもわかってくれた」と喜んでいるようだが、真実はもうちょっと単純だろう。若社長は実はただのメガネスキーだと考えた方が筋が通る。都が実家で手伝っているときに声をかけなかったのは、眼鏡をかけていなかったからだ。会社で声をかけたのは、眼鏡をかけていたからだ。そう考えないと、次のシーンの説明がつかない。

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若社長が眼鏡に並々ならぬ関心を抱いていることが分かる。そして若社長の質問に対する都の答えが決定的にすばらしかった。

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左下のコマに注目したい。それまで酒に酔って寝転がっていた若社長の表情。眼鏡を心から大切にしている眼鏡っ娘を目前にしたときの男の顔だ。そして当然、男のリアクションはこうなる。

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眼鏡を大切にしている眼鏡っ娘を、私たちは大切にしたい。若社長の心をがっちり掴んだ眼鏡っ娘は、みごと玉の輿に乗るのであった。

書誌情報

本編は49頁の短編。単行本『君に着せたいウエディングドレス』に所収。星野めみ作品にはメガネ男子がたくさん登場するような気がするなあ。

単行本:星野めみ『君に着せたいウエディングドレス』講談社、1992年

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第135回:ゆうきまさみ「じゃじゃ馬グルーミン☆UP!」

ゆうきまさみ「じゃじゃ馬グルーミン☆UP!」

小学館『週刊少年サンデー』1994年44号~2000年42号

本作は「眼鏡っ娘マンガ」である。特に、長い時間をたっぷり使って一人の眼鏡っ娘の誕生を丁寧に描いたという点において、他に類例作は見当たらない。希有な作品である。

眼鏡っ娘になるのは、主人公が居候する度会家四姉妹のうち、三女の「たづな」である。物語中盤あたりからヤブニラミの描写など、明らかに視力が落ちたような描写が増えるのだが、なかなか眼鏡をかけてくれない。実際に眼鏡をかけてくれるのは単行本全26巻のうち、ようやく25巻目になってからである。焦らしすぎ!

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そして主人公とたづなは眼鏡屋へと行くことになるのだが、この眼鏡屋の描写が凄い。次に引用する見開きの右下のコマに注目していただきたい。

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眼鏡屋の息子はそうとうのド近眼らしく、光学屈折で顔の輪郭がズレているのは、安定のゆうきまさみクオリティである。が、この眼鏡屋の息子、顔の輪郭だけでなく、両方の目の「目蓋のライン」も光学屈折でズレている。邪推することを許していただければ、この目蓋の光学屈折を描きたくて、こういうキャラデザと眼鏡の形を選んだのではないか。そう考えたくなるほど、このコマの描写は「特別」である。
また、この眼鏡屋の息子のキャラクターの味が良い。「メガネつくりにきたんだけど」と言われて、「やっとその気になったのか。」というリアクション。このリアクションの意味は、次の見開きで描かれた彼の行動で明らかになる。

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惚れた女にこんな眼鏡をかけさせたいという根源的な欲望を、こんなにスマートに実現するとは! 彼がさりげなく眼鏡を出したかのように見えるが、もちろん違う。日頃から「こんな眼鏡が似合うに違いない」という妄想を逞しく成長させていて、こんな絶好の機会が来ることを待ち望んでいたに違いない。「やっとその気になったのか」と言ったとき、彼の心の中ではガッツポーズだ。実際、彼がオススメする眼鏡は、一発でたづなを納得させる。常に「この女にはこの眼鏡をかけさせよう」と繰り返してきたイメージトレーニングが、いま実ったのだ! やったな中路くん!
最終話によれば、たづなは30歳を超えても独身のままのようだ。しかし私が想像するに、たづなが納得する眼鏡を提供できるのは、おそらく彼だけだ。最終話でもたづなが眼鏡をかけていたということは、彼との絆は眼鏡で繋がり続けているということだと思う。そう思わせていただく。

書誌情報

競馬マンガとして非常におもしろいので、眼鏡っ娘が誕生する過程を味わいつつ、競馬マンガとして楽しむといいと思う。電子書籍でも読むことができる。単行本全26巻。
ちなみに「四姉妹」といったとき、どんな作品を思い浮かべるかで人柄が分かりそうだ。「細雪」か「若草物語」か「じゃじゃ馬グルーミン☆UP!」か「らき☆すた」か「痕」か…

Kindle版:ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン☆UP!』
単行本:ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン☆UP!』全26巻セット
文庫本:ゆうきまさみ『じゃじゃ馬グルーミン☆UP!』全14巻セット

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第134回:ゆうきまさみ「機動警察パトレイバー」

ゆうきまさみ「機動警察パトレイバー」

小学館『週刊少年サンデー』1988年17号~94年23号

本作も厳密に言えば「眼鏡っ娘マンガ」ではないが、眼鏡表現の歴史を考える上で絶対に外してはならない重要作品である。しっかり確認していこう。

まず眼鏡的に絶対に認識しておかなければならないのは、この作品が「メガネ男子」浮上の起爆剤となっている事実である。具体的には、シャフトの内海課長と黒崎の二人がメガネ男子萌えを浮上させたと言っても過言ではない。何が画期的だったのか客観的に確認するために、コミケカタログのサークルカットに眼鏡キャラがどれくらい描かれているかを調査した結果を見てみよう。
下グラフは、コミケカタログのサークルカットに描かれた眼鏡キャラの数を全てカウントし、それを全サークル数で割って、「コミケカタログの中の眼鏡キャラ登場率」を算出したものである。

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一瞥して1980年代にメガネくん登場率が低いことが明らかだが、これは「キャプテン翼」や「聖闘士星矢」や「サムライトルーパー」など眼鏡キャラが一人も登場しない作品が全盛だったためである。まれに眼鏡をかけた若島津(キャプ翼のキャラ)や水滸のシン(トルーパーのキャラだ)が描かれることなどはあったが、眼鏡キャラそのものが前面に出てくることはまったくなかった。
その状況を一変させるきっかけになったのが、本作「機動警察パトレイバー」であった。1990年代から内海&黒崎のダブルめがね男子がコミケカタログのサークルカットに頻繁に現れるようになり、明らかに潮目が変わる。「パトレイバー」が開けた突破口から立て続けに「サイバーフォーミュラ」のグー×ハー、「スラムダンク」の三×暮が旋風を巻き起こし、たった数年でメガネ男子というジャンルができあがった。現在まで継続して発展し続けているメガネ男子萌えの起点にあるのが「パトレイバー」の内海×黒崎であるという客観的な事実は、しっかり確認しておきたい。

そして描写技術的に指摘しておきたいのは、内海課長が極度の近眼であるのに対し、黒崎はダテ眼鏡であるという事実だ。これは、「光学屈折」の表現から認識できる。下の引用図を見ていただきたい。

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内海課長の顔の輪郭は眼鏡レンズの光学屈折によって大きくズレているのに対し、黒崎の顔の輪郭には光学屈折が確認できない。引用したページ以外でも、例外なく、である。ゆうきまさみの光学屈折表現に対する姿勢を考えれば、内海課長の顔の輪郭がことごとくズレていて、黒崎が一切ズレていないのは、もちろん偶然ではない。意図的な描写だ。つまり、言葉で解説されなくとも、内海課長は極度の近眼で、黒崎はダテメガネであることが、しっかり認識できるのだ。ゆうきまさみが自然な光学屈折描写をおこなっているからこそ、初めて可能な認識である。近視矯正メガネとダテメガネをしっかり描き分ける作家が、他に何人いるだろうか? 希有な存在である。

下に引用した図も見ていただきたい。特に左上のコマのレンズの中に注目しよう。

134_03光学屈折によって腕と服の袖の輪郭がズレているのが分かっただろうか? この場面は内海課長が「別のメガネにする」というたいへん重要なシーンなのだが、わざわざ左上のコマで「新しい眼鏡も極度の近眼用レンズ」ということを示しているのである。これが重要なのは、内海の眼鏡が「見られる」ための眼鏡ではなくて、「見る」ための眼鏡であるということだ。内海課長の眼鏡は、主体的に「世界を見る意志」を体現している。そしてそれは彼の生き方そのものである。一方、黒崎がダテメガネであるということは、それが「見られる」ことを意識した眼鏡であることを示唆している。この差が、そのまま内海課長と黒崎の間の心理的な齟齬になっていくのである。

となると、下に引用したページはどのように読むことができるか。

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単行本では3巻。ヒロインの野明がオフを楽しむ場面なのだが、顔の輪郭がレンズによってズレていないので明らかにダテメガネであることがわかる。そしてそんな野明に、男が声をかけている。ナンパだ。作中、野明には色気がないような描写が繰り返されるが、そんな野明が、眼鏡をかけているときはナンパされるのだ。明らかに魅力が増しているのである。実際、眼鏡かけてるほうがかわいい。濃い眉毛と眼鏡の相性は良いのである。
てことで、次回は眼鏡描画技術がさらに進化を遂げた「じゃじゃ馬グルーミンUP!」を見る予定。

書誌情報

各種媒体でアクセスできる。電子書籍でも読むことができる。

Kindle版:ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』
文庫版セット:ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』全11巻
ワイド版:ゆうきまさみ『機動警察パトレイバー』

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第133回:ゆうきまさみ「究極超人あ~る」

ゆうきまさみ「究極超人あ~る」

小学館『週刊少年サンデー』1985年34号~87年32号

厳密に言えば「眼鏡っ娘マンガ」とは呼びにくいが、眼鏡描写の展開を考える上で極めて重要な作品なので、しっかり確認しておきたい。
本作で注目すべき眼鏡描写とは、「光学屈折」である。本作第一話から引用した下のコマを見ていただきたい。

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教師の顔の輪郭が、眼鏡のレンズでズレていることがわかるだろう。レンズによって光の進行方向が曲がるために起きる現象で、近眼矯正なら顔の輪郭は内側に、老眼や遠視矯正なら顔の輪郭は外側にズレたように見える。これを「光学屈折」と呼んでいる。(光学屈折については、本コラム第40回:伊藤伸平「マッド彩子」第43回:あずまきよひこ「あずまんが大王」も参照していただきたい)
133_05光学屈折自体は、日常的にありふれた現象である。ある程度の訓練を積めば、眼鏡を見て顔の輪郭がどのくらいズレているかで視力も判断できるようになる。また、それほど訓練を積まなくとも、原理さえ知っていれば、本気眼鏡かダテ眼鏡かの区別くらいは一瞬でできるようになる。この「本気眼鏡とダテ眼鏡の区別」は、ゆうきまさみ「パトレイバー」を読み解く上でも有効なので、次回確認したい。
さて、この光学屈折描写がなぜ凄いかというと、「敢えてマンガ表現で再現しようとする者がほとんどいない」からだ。ふつうのマンガにおいて眼鏡を描写するとき、たいていは「フレーム」のみが描かれて、「レンズによる光の屈折」が表現されることは滅多にない。それはマンガでわざわざ「レンズによる光の屈折」を表現する意味や理由が見えにくいからだ。キャラクターが眼鏡をかけていることさえ読者に伝われば、それで十分なのである。そのキャラが「どの程度の近眼なのか?」を敢えて情報として提示する意味は、考えられない。だから、現実には光学屈折によって顔の輪郭がズレて見えているはずなのにも関わらず、マンガ表現の絶対的大多数は顔の輪郭をズレるようには描かない。それにも関わらず、極めて限られた少数のマンガ家だけが、この光学屈折表現に取り組んでいる。伊藤伸平は、顔の輪郭をズラす理由を、「だってそう見えるじゃん」と言った。「そう見える」とおりに絵を描けるマンガ家(あるいはどんなジャンルの画家でもよい)など、ほぼ存在しないにも関わらず、だ。ゆうきまさみがなぜ敢えて光学屈折を実装しているのか、ぜひとも聞いてみたいものである。(1976年に御徒町のメガネ卸会社に就職したことが関係あるかどうか?)

この光学屈折描写は、西園寺まりいの眼鏡描写に効いてくる。

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西園寺まりいに眼鏡をかけるように迫る鴨池くんにも、光学屈折。

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そして眼鏡をかけた西園寺まりいが極度の近眼であることは、文字による説明などなくとも、光学屈折描写によって解るようになっているのだ。なぜ極度の近眼だと「牛乳瓶の底」のような眼鏡になるのか、それは光学屈折の原理さえ理解していれば簡単に理解できる。しかし「牛乳瓶の底」のような眼鏡を登場させてくるマンガの大半は、光学屈折の何たるかを理解していていないので、ただのグルグル眼鏡になっていることが多い。しかし本作だけは違う。西園寺まりいの眼鏡は、光学屈折的にあり得る「牛乳瓶の底」になっているのだ。

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しかし真に凄いのは、このシーンの次のコマである。

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西園寺まりいがどれほどの近眼なのかが解るように、眼鏡の光学屈折を「裏側」から見せているのである。「厚さ」を絵で表現することはとても難しいのだが、このコマからはレンズの厚さが伝わってくる。(同じような描写は「パトレイバー」にもあるので、次回にご紹介)。こんな描写をするマンガ家が、ゆうきまさみの他にいるだろうか?
これがあるからこそ、西園寺まりいの近眼描写にも説得力が生じる。

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西園寺まりいには、ぜひとも眼鏡をかけつづけていただきたいものだ。

そしてもう一人、眼鏡と言って忘れてはならない魅力的なキャラクターが鳥坂センパイだ。ここではただ一つ、鳥坂センパイの描写には、光学屈折描写はおろか、ただ一人だけ正確な眼鏡デッサンすら放棄しているということだけは指摘しておきたい(正確な眼鏡デッサンについては第56回:大友克洋を参考していただきたい)。それは彼があの世界の中ですら「物理法則をねじ曲げている」ことを意味しているということかもしれない。

書誌情報

単行本やワイド版が今でも手に入るほか、電子書籍で読むこともできる。カメラのレンズと眼鏡のレンズは親戚だから、もともと眼鏡と相性はいいはずだ。

Kindle版:ゆうきまさみ『究極超人あ~る』(少年サンデーBOOKS)
単行本全9巻:ゆうきまさみ『究極超人あーる』
ワイド版全4巻:ゆうきまさみ『究極超人あーる』

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第132回:星川歩「かぼちゃ族のお茶会」

星川歩「かぼちゃ族のお茶会」

集英社『ぶ~け』1980年4月号

眼鏡っ娘起承転結構造の作品である。本作で注目したいのは、少女漫画ヒーローの揺るぎない芯の通ったメガネスキーっぷりだ。

ヒロインの六月(むつき)は、眼鏡の自分に自信が持てない。

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しかし、眼鏡っ娘が想いを寄せるモロさんは、実は大のメガネスキーだったのだ! 自分が作る理想のケーキ屋さんを思い浮かべると、そこにいるのは笑顔の眼鏡っ娘である。理想の眼鏡っ娘のイラストまで自分で描いてしまう。

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しかしそんなメガネスキーの心を知らない六月は、モロさんに気に入られようとして、愚かなことに眼鏡を外してしまう。なんてこった!

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周りには好評かもしれないが、もちろんメガネスキーはガッカリだ。モロさんは、改めて自分がメガネスキーであったことを自覚する。そして一方、自分を見失ってしまった眼鏡っ娘は、無理がたたって自己嫌悪に陥っていく。

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自分を見失ってしまった眼鏡っ娘を救うのは、メガネスキーの信念である。メガネスキーの熱意が通じ、最終的に六月は眼鏡をかけ直す。二人は手を取り合って、夢に向かって走り出すのだ!

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メガネスキーの筋の通ったブレない信念があるからこそ、眼鏡っ娘の本来の良さが引き出されるということが分かる作品である。私も、眼鏡っ娘の素晴らしさを伝え続け、エールを送り続けたい。

書誌情報

本編は48頁の短編。同名単行本所収。amazonではやたらプレミアが付いているけれど、古本屋を丁寧に回れば200円で発見できるような気がする。

単行本:星川歩『かぼちゃ族のお茶会』集英社、1981年

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第131回:渡辺修己+W・ウッド「チェックメイト」

漫画:渡辺修己+原作:W・ウッド「チェックメイト」

集英社『フレッシュジャンプ』1984年3月~85年10月号

手を挙げろ! 眼鏡警察だ! おとなしく観念して今すぐ眼鏡っ娘の前にひれ伏すんだ!

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ということで、眼鏡っ娘刑事がヒロインの作品である。1980年代の少年マンガ連載作品で眼鏡っ娘がヒロインになるのはかなりレアで、貴重な作品の一つだ。
主人公のルークは「チェックメイト」と名乗る大泥棒。眼鏡っ娘ヒロインのエリィは、チェックメイト逮捕に情熱を賭ける刑事だ。この泥棒と刑事が、次第に惹かれ合い、協力して巨悪と戦うようになっていく物語である。

本作の眼鏡的な見どころは、眼鏡っ娘が眼鏡のままで当然のように美しいと認められる自然な描写だ。眼鏡だから容姿が劣るなどというエピソードは一切ない。その精神の一端を、ウエディングドレスのシーンに見ることができる。何の疑問もなく、眼鏡と花嫁衣装が同居しているのだ。

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眼鏡de結婚式が極めて困難であることは、小野寺浩二師の結婚式のエピソードからもうかがえる。眼鏡のままの結婚式が当たり前である世界にするために、眼鏡de結婚式の実例が豊富に存在することを広めていきたい。親族から眼鏡de結婚式に難色を示された場合などは、本作を例示して抵抗していこう。

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さて、1980年代には眼鏡っ娘のヒロインがかなり少ないが、その少ない中で「刑事」の眼鏡っ娘の存在が目を引く。本コラムでも第73回で岡崎つぐお「どきどきハートビート」を紹介した。北条司「キャッツ・アイ」の浅谷刑事(CV=榊原良子)も思い浮かぶ。
一般には眼鏡女性というと教師を思い浮かべる向きもあるようだが、より正確に言うと、眼鏡が「職業婦人」を暗示するアイテムであることは既に何回か指摘してきた。数少ない1980年代眼鏡っ娘ヒロインに刑事が目立つのも、おそらく眼鏡と職業婦人との繋がりと関わっていると思われる。女性から眼鏡を外そうという圧力は、実は女性から職業を奪い去ろうという時代錯誤的な感性と密接に結びついているだろうことに注意しなければならない。「眼鏡を外したほうがいい」などとタワケたことを言うような男と付き合うと、モラルハラスメント等で酷い目に合うことは間違いないので、注意しよう。

書誌情報

同名単行本全4巻。古書でしか手に入らないが、30年経っているせいか、だんだん見当たらなくなってきている気がする。

単行本:渡辺修己+W・ウッド『チェックメイト』全4巻完結、集英社1985-1986

 

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