この眼鏡っ娘マンガがすごい!第37回:中条比紗也「黄昏はささやく」

中条比紗也「黄昏はささやく」

白泉社『花とゆめ』1995年14号

037_01本作は、「眼鏡っ娘起承転結理論」の教科書とも呼べるような、非常に美しい構造を示している。稀に見る極めて美麗な結晶構造で、起承転結理論のエッセンスを詰め込んだ傑作なので、多くの眼鏡っ娘ファンに触れてほしい作品だ。

ヒロインの近藤名菜は眼鏡っ娘女子高生。辻先輩という彼氏がいるのに、いきなり目の前に現れた編入生の加納くんに「本当の自分を知りたくはないですか?」と声をかけられて、激しく動揺する。このあとの展開で、現在の彼氏の辻くんが大馬鹿野郎で、編入生の加納くんが我々のスーパーヒーロー・メガネスキーであることが明らかになっていく。
加納くんは絵が達者で、眼鏡っ娘に声をかけてモデルになってもらう。眼鏡っ娘は身長が高いことをきにかけていたが(残念ながら具体的な身長は明らかではない)、もちろん加納くんはそんなこと気にしない。むしろ「今のあなたは自分の長所を活かしきれていない。それじゃあ宝の持ち腐れです」と語りかける。最初は警戒していた眼鏡っ娘も、徐々に心を開き始める。

037_02そしてもちろん眼鏡っ娘の心を変化させた決定的なエピソードは、メガネだった。絵のモデルをしている最中にコンタクトのせいで眼が痛くなった眼鏡っ娘に対して、メガネスキー加納が決定的なセリフを放つ。「コンタクト、体質に合わないんでしょう? 眼鏡をかければいいのに」。そして眼鏡っ娘が、辻先輩に命令されてメガネを外していたという事実が明らかになる。メガネを外させた辻先輩のことを、加納くんは「わがままなだけですよ」と一蹴する。そのとおり。加納くんは、完全に世界の真理を掴んでいる。メガネを外そうとする男は、間違いなくただのわがままな男だ。この心理を掴んでいる時点で加納くんの勝利は確実だったと言える。徐々に辻先輩への不信感を募らせる眼鏡っ娘の気持ちは、メガネを認めてくれた加納くんへ反比例するように傾いていく。加納くんが描いた絵の中で笑う自分の姿を見て、もはや完全に自分の気持ちが加納くんに傾いたことに気が付いた眼鏡っ娘は、それを否定するかのように、メガネを外しながら逃げようとする。そこでメガネスキー加納くんが最後の完璧なダメ押しを放ち、勝利を確かなものとしたのだった。

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メガネを外そうとする眼鏡っ娘の腕を掴みながら、「はずさなくていい……無理に自分を変えないでいいんです」……こんなこと言われたら、惚れてまうやろ!

037_04そして眼鏡っ娘は、完全に認識する。メガネを外させていた馬鹿野郎の辻先輩は、「あたし」を好きだったのではなく、単に「ききわけのいい彼女」が好きだったのだと。女を都合よく扱う男ほど、メガネを外したがる。その世界の真理に気が付いた眼鏡っ娘は、メガネをかけることによって「本当に自分」をしっかり掴むのだった。

本作は34ページの小品のため、「眼鏡っ娘起承転結理論」のうちの「起」を簡略化した構造となっているが、「承転結」の展開は理論値を最高レベルで体現している。承=メガネを外した私が愛されている。転=しかし「本当の私」が愛されていたわけではなかったことが分かる。結=メガネをかけた「本当の私」が愛される。そしてこの「本当の私」とは、メガネをかけた私である。本作には「本当の私」という乙女チック少女マンガのキーワードがそのまま登場しており、乙女チック構造を理解するための教科書として使用するべきレベルの良作と言えよう。

■書誌情報

単行本『ミッシング・ピース』の第2巻に所収。相当に人気があった作品の第2巻なので、古本で容易に入手することができる。

単行本:中条比紗也『ミッシング・ピース』第2巻 (花とゆめCOMICS、1996年)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第25回:小林薫「善意の達人」

小林薫「善意の達人」

角川書店『増刊ASUKA大コメディー』1995年~97年

026_01前回に続いて、戦闘眼鏡っ娘。こっちはコメディーではあるけれど。

眼鏡っ娘を主人公とした少女マンガは、読み切りでは大量にあるけれど、逆に長期連載ものとなるとガクっと減ってしまう。そんな中、単行本5巻分も主人公を張ってくれた坂崎蘭々は大活躍といってよい。

坂崎蘭々は高校生眼鏡っ娘。平凡な生活をしていたが、ある日両親が事故で亡くなってしまう。天涯孤独になったかと思われたとき、生き別れになっていた兄二人が莫大な財産と共に現れた。ここから蘭々の波乱万丈な生活が始まるのだった。
二人の非常識な兄が巻き起こす騒動に巻き込まれながらも、蘭々は前向きに明るく乗り越えていく。蘭々は母親譲りのカンフーの達人。勉強もできるうえに戦闘も強い、凛々しい眼鏡っ娘……というよりは、実はそこそこセコくて現金で短気な庶民的キャラクターだったりして、そこがカワイイ。

026_03ただ残念なのは、日常生活では眼鏡をかけているのに、戦闘時には眼鏡を外してコンタクトにしてしまうところだ。もったいない、もったいない、無念なり。まあコンタクトにしてしまったばっかりに、目が痛くなってしまい、3分しかもたないのだが。それなら最初から最後まで眼鏡姿で戦ってほしいと思うのが人情というものだが、そこはコメディだから仕方ないのだろうか。重ね重ね、無念なり。

ところで、作者の小林薫の別の作品「桜子が来る!」の1巻には、脇役キャラで眼鏡っ娘が登場する。この眼鏡っ娘の名前が水戸泉というのだが(彼氏が霧島だったりと90年代の大相撲インスパイア)、そのイジメられエピソードが、なかなかビックリなので、ちょっと言及しておこう。なんと眼鏡をとりあげられ、もてあそばれているのだ!

026_04のび太ですら、眼鏡をとりあげられて「ははは」と笑われながら弄ばれるなんてことはないのに、高校生でこれは酷すぎる。この極悪ゴルフ同好会のチンピラどもは、もちろんこのあと正義の鉄槌を食らう。眼鏡っ娘からメガネを取り上げておもしろがるとは、万死に値することを思い知らせなければなるまいて。一方で眼鏡っ娘は片思いだった霧島くんと結ばれて、ちゃんと幸せになるのだった。うむ。

■書誌情報

古本で容易に手に入る。

単行本セット:小林薫『善意の達人』1~5巻(あすかコミックス、1995年)

単行本:小林薫『桜子が来る!』1巻 (あすかコミックス、1992年)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第17回:やまだないと「僕と彼女と彼」

やまだないと「僕と彼女と彼」

角川書店『ヤングロゼ』1995年5月号

最初に断わっておくと、本作は厳密に言えば「眼鏡っ娘マンガ」とは呼びにくい。とはいえ、他に代わりの効かない眼鏡エピソードを描いているので、きちんと眼鏡っ娘史に留めておきたい。

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017_02本作の主人公は、兄、姉、弟の三人兄弟。このうち眼鏡屋を経営している兄のエピソードが素晴らしい。まず朝食の場面で弟の彼女を一目見て視力が落ちていることを見抜き、眼鏡を作るよう勧める。そのスゴワザに弟の彼女は「えっ!?」と驚くが、眼鏡マンたるもの、ぜひこうありたい。

兄が眼鏡のフィッティングをする様子も描かれる。こういうシーンをマンガで見ることはなかなかない。そして視力が落ちたと見抜かれた弟の彼女が眼鏡を作りにやってくるが、ここのシーンが、とてもおしゃれで、印象に残る。
017_03フィッティングのためにトライアルフレームをかけさせる際、さりげなく「ちゅっ」といく。惚れてまうやろ! そしてトライアルフレーム状態の眼鏡っ娘というのは、なかなか貴重な絵かもしれない。

全体として眼鏡が物語に重要な位置を占めるわけではない(話自体は面白い)が、この眼鏡屋のお兄さんキャラは他に代わりがいないユニークな眼鏡者なので、見ておいて損はないと思う。できれば、こういう人に私はなりたい。

■書誌情報

単行本:やまだないと『バイエル<なつびより>』(Ohta comics、1999年)に所収。手に入りやすそう。

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