中条比紗也「黄昏はささやく」
白泉社『花とゆめ』1995年14号
本作は、「眼鏡っ娘起承転結理論」の教科書とも呼べるような、非常に美しい構造を示している。稀に見る極めて美麗な結晶構造で、起承転結理論のエッセンスを詰め込んだ傑作なので、多くの眼鏡っ娘ファンに触れてほしい作品だ。
ヒロインの近藤名菜は眼鏡っ娘女子高生。辻先輩という彼氏がいるのに、いきなり目の前に現れた編入生の加納くんに「本当の自分を知りたくはないですか?」と声をかけられて、激しく動揺する。このあとの展開で、現在の彼氏の辻くんが大馬鹿野郎で、編入生の加納くんが我々のスーパーヒーロー・メガネスキーであることが明らかになっていく。
加納くんは絵が達者で、眼鏡っ娘に声をかけてモデルになってもらう。眼鏡っ娘は身長が高いことをきにかけていたが(残念ながら具体的な身長は明らかではない)、もちろん加納くんはそんなこと気にしない。むしろ「今のあなたは自分の長所を活かしきれていない。それじゃあ宝の持ち腐れです」と語りかける。最初は警戒していた眼鏡っ娘も、徐々に心を開き始める。
そしてもちろん眼鏡っ娘の心を変化させた決定的なエピソードは、メガネだった。絵のモデルをしている最中にコンタクトのせいで眼が痛くなった眼鏡っ娘に対して、メガネスキー加納が決定的なセリフを放つ。「コンタクト、体質に合わないんでしょう? 眼鏡をかければいいのに」。そして眼鏡っ娘が、辻先輩に命令されてメガネを外していたという事実が明らかになる。メガネを外させた辻先輩のことを、加納くんは「わがままなだけですよ」と一蹴する。そのとおり。加納くんは、完全に世界の真理を掴んでいる。メガネを外そうとする男は、間違いなくただのわがままな男だ。この心理を掴んでいる時点で加納くんの勝利は確実だったと言える。徐々に辻先輩への不信感を募らせる眼鏡っ娘の気持ちは、メガネを認めてくれた加納くんへ反比例するように傾いていく。加納くんが描いた絵の中で笑う自分の姿を見て、もはや完全に自分の気持ちが加納くんに傾いたことに気が付いた眼鏡っ娘は、それを否定するかのように、メガネを外しながら逃げようとする。そこでメガネスキー加納くんが最後の完璧なダメ押しを放ち、勝利を確かなものとしたのだった。
メガネを外そうとする眼鏡っ娘の腕を掴みながら、「はずさなくていい……無理に自分を変えないでいいんです」……こんなこと言われたら、惚れてまうやろ!
そして眼鏡っ娘は、完全に認識する。メガネを外させていた馬鹿野郎の辻先輩は、「あたし」を好きだったのではなく、単に「ききわけのいい彼女」が好きだったのだと。女を都合よく扱う男ほど、メガネを外したがる。その世界の真理に気が付いた眼鏡っ娘は、メガネをかけることによって「本当に自分」をしっかり掴むのだった。
本作は34ページの小品のため、「眼鏡っ娘起承転結理論」のうちの「起」を簡略化した構造となっているが、「承転結」の展開は理論値を最高レベルで体現している。承=メガネを外した私が愛されている。転=しかし「本当の私」が愛されていたわけではなかったことが分かる。結=メガネをかけた「本当の私」が愛される。そしてこの「本当の私」とは、メガネをかけた私である。本作には「本当の私」という乙女チック少女マンガのキーワードがそのまま登場しており、乙女チック構造を理解するための教科書として使用するべきレベルの良作と言えよう。
■書誌情報
単行本『ミッシング・ピース』の第2巻に所収。相当に人気があった作品の第2巻なので、古本で容易に入手することができる。
単行本:中条比紗也『ミッシング・ピース』第2巻 (花とゆめCOMICS、1996年)
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