この眼鏡っ娘マンガがすごい!第145回:さと「いわせてみてえもんだ」

さと「いわせてみてえもんだ」

スクウェア・エニックス『ヤングガンガン』2006年No.14~07年No.4

眼鏡っ娘とメガネ男子の恋愛マンガで、基本的にはコメディ調。だが、最後にはうるっと来てしまう。笑いながらも泣ける名作めがねマンガだ。

まあ、厳密に言うと、眼鏡っ娘マンガというよりは、メガネ男子マンガに分類した方がいい作品なのかもしれない。主人公は、メガネ男子の吉川ヨシオ。なんだか適当な名前に思えるが、この適当な固有名詞が最後に効いてくるからバカにできない。そしてこの男、本人は自覚していないようだが、かなりのメガネフェチだ。アイテムとしての眼鏡に対するこだわりが、極めて強い。

自分のかけている眼鏡のオシャレ具合にも自信を持っているらしい。そんなメガネ男子が、たまたま遊びに行った文化祭で一人の眼鏡っ娘に出会い、人生が変わる。下の引用部の独白が、素晴らしい。

お前は秋保少年@屈折リーベか。そう思わせる、男前な独白だ。「それにしてもメガネの似合う女子だ。まるでメガネから生まれてきたような」という妄想は、並のフェチから生じることはない。素晴らしい。いいぞ、もっとやれ。
と思ったら、秋保少年が極めてポジティブなのに対し、このメガネ男子は根暗なのだった。すぐに自信を喪失してしまう。

自信を喪失したメガネ男子は、あろうことか、自分の眼鏡を捨ててしまう。それをすてるなんて、とんでもない!
が、この作品、ここからの展開が凄かった。怒濤のめがねラッシュ。実は本当にヤバかったのは、メガネ男子のフェチっぷりではなく、ヒロインの眼鏡っ娘のほうだったのだ。

そうだ、メガネとったら死んでしまうぞ。眼鏡っ娘は、自分がかけていたメガネを、ものすごい勢いでメガネ男子にかけさせる。ダイビングジャンプめがね掛けだ。メガネをかけた瞬間、メガネ男子は恋に落ちる。

「これ…この子のメガネ…」。恋に落ちるには、この理由だけで十分だ。そりゃそうだ。しかし恋に落ちてしまった彼には、この後、想像を絶する苦難と葛藤の人生が待っているのであった。そして苦難と葛藤を経た後に迎える最終話には、泣かされる。ありがとう、ありがとう。

さて、そんなわけで一見すると眼鏡ラブコメに見えるこのマンガ。実は、実存的なテーマをデリケートに扱っていて、泣かせる作品になっている。実存的なテーマとは、簡単に言い直せば「俺って何なんだろう?」という葛藤と苦悩である。そして本作は、この問いに対して、「固有名詞」の本質的な特徴を実に効果的に使って立ち向かっているのが、とても素晴らしい。
固有名詞とは、誰とも比較されず、誰とも交換されず、誰の代わりでもない、「他の誰でもない、まさにこの私」というものを指し示すものだ。メガネ男子の「吉川ヨシオ」という平凡すぎる固有名詞は、しかし彼にとってみれば誰にも代えられない「まさにこの私」のシンボルなのだ。この固有名詞をめぐって本作が描くエピソードが、切なすぎる。切実なエピソードの着実な積み重ねが、最終話の固有名詞のエピソードと、そしてタイトルとリンクすることで、強烈なカタルシスとなる。素晴らしい構成だ。実質的なデビュー作とは思えない、素晴らしい出来だ。本作をノリと勢いだけの作品だと勘違いしている向きも一部にあるようだが、構成がまったく読めていないと思う。(まあ、ノリと勢いが素晴らしいのも間違いないのだが)
このような「ほんとうのわたし」という実存的なテーマと、眼鏡というアイテムは、実に相性が良い。少女マンガにおいては、そのテーマは主に起承転結構造によって描かれてきた。少年マンガでは、西川魯介「屈折リーベ」のように、普遍と特殊の間の矛盾を突き詰める構成が代表的だ。そして本作も、眼鏡というアイテムそのものを「ほんとうのわたし」の象徴として扱っているわけではないが、やはり眼鏡と実存との相性が極めて良いことを示してくれる。そしてこのテーマは人間の本質的なところを突き刺しているので、いつまで経っても古くなることがないのである。

書誌情報

同名単行本全一冊。
もともとはwebマンガで、2005年頃に大ブレイクした。30代の人は「いわみて」ってことでよく知っている可能性が高い。特にメガネ界隈ではバズりにバズって、2005年~06年頃にかけて一つのピークを迎えたメガネ男子ブームを加速させた。個人的見解では、メガネ男子萌えの歴史を語るときに年表に載せるべき記念碑的作品であるとも思う。
もともとのwebマンガは、基本的にストーリー展開は一緒だが、ノリとテイストが異なるので、こちらもぜひ閲覧することをお勧めする。個人的な感想では、今から読むなら、単行本を読んでからwebマンガを閲覧する方が気持ちいいかもしれない。

【単行本】さと『いわせてみてえもんだ』スクウェア・エニックス、2007年
【webマンガ版】さと「いわせてみてえもんだ」
【作家サイト】99円均一

そして、商業デビュー作「キミの世界へ」は『メガネ男子』(アスペクト、2005年)という本に掲載されたのだが、この本、mixiのメガネ男子萌えコミュニティから萌え出でたことで知られている。「キミの世界へ」は7頁の短編で、メガネの先生が主人公のハートフルストーリー。

『メガネ男子』という本は、2005年頃から一般世間にメガネ男子萌えが浮上し、さらに市民権を得始めたことが分かる資料ともなっている(腐海等ディープな世界では、もちろん20世紀からメガネ萌えは存在するが)。あれから10年以上経ち、メガネ男子萌えはますます隆盛だ。メガネスキーも負けてはいられない。

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眼鏡文化史研究室