この眼鏡っ娘マンガがすごい!第148回:陸野二二夫「それでも世界を崩すなら」

陸野二二夫「それでも世界を崩すなら」

秋田書店『もっと!』vol.6~『Championタップ!』2015年6月

予想を心地よく裏切られる、とてもいい作品だ。

主人公の眼鏡っ娘は、黒野書子(くろのかくこ)、13歳。地球を破滅させることを目論み、悪魔を召喚することに成功する。眼鏡っ娘が地球を滅亡させるのか!? と思いきや、悪魔は眼鏡っ娘の願いを、すげなく却下する。悪魔が願いを拒否すること自体がとても面白いのだが、理由がまたふるっている。書子に友達がいないのが、気にいらないと言うのだ。

友達がいないせいで、悪魔にも見放される眼鏡っ娘。かわいそう。しかし眼鏡っ娘は食い下がる。友達ができたら地球を滅亡させる力をもらうと、条件を提示する。悪魔も、それを飲む。いよいよ地球の存亡をかけて、眼鏡っ娘の友達作りが始まるのだった。すげえ斜めな展開だな。

が、これまで友達を作ったことがない眼鏡っ娘には、友達の作り方がわからない。悪魔から「友達作りの基本は挨拶」だとアドバイスを授かるが、簡単に挨拶できるようなら最初から友達作りに苦労するわけがない。眼鏡っ娘は、どうしても挨拶をすることができない。

逡巡と葛藤の末、眼鏡っ娘は必死に勇気を絞り出す。意を決して、ようやく「おはよう」と言うことに成功するのだった。人類にとっては小さな一歩だが、書子にとっては大きな一歩だ。良かったね、書子。斜めな展開だと思っていたら、なんだかいい話に着地したぞ。

そんなわけで、コミュ障の眼鏡っ娘が主人公になっているが、決して引き込もりやコミュ障の生態を笑いの対象にするような下世話なマンガではない。書子が、逡巡と葛藤を繰り返し、矛盾と困難に直面しながら、のろのろと、しかし着実に成長していく物語だ。書子は、表面上は憎たらしいことを言うが、心根は優しい娘だ。いろいろな理由があってひねくれてしまったのだろうが、頑張っている姿を見ると、応援したくなる。書子が一歩踏み出すと、読んでいる方も嬉しくなる。おそらく、悪魔も同じ気持ちなのだろう。厳しいツッコミも、そっけない皮肉や嘲笑も、振り返ってみれば全てが書子の成長の糧となっている。愛にあふれている。外連味たっぷりの登場人物たちにも関わらず、読後感はとても爽やかだ。とてもいいマンガだ。

そして、眼鏡の象徴的な意味についても、いろいろ考えさせられる。物語の冒頭において、眼鏡は書子にとって「バリアー」の役割を果たしている。眼鏡とは、脆弱な自分を外界から守る防御壁だ。だから、そのまま何も考えずにストーリーを作ると、防御壁を取り払ってハッピーエンドというような、つまり眼鏡を外しにかかる展開に陥りやすい。が、それは必然的に駄作となる。仮に眼鏡がコンプレックスの象徴であったとしても、それを安易に取り去ることは、あたかもカップ焼きそばのお湯切りの時に麺も一緒に捨ててしまうような、愚か極まりない行為なのだ。本作は、そんな愚を犯さない。書子は最後まで眼鏡を外さない。物語の途中で眼鏡の象徴的意味が変化するから、外す必要がないのだ。変化とは、どういうことか。確かに眼鏡は、外からは防御壁のように見える。が、内側の視線から考えた場合、眼鏡は世界と繋がるための窓口なのだ。外からは防御壁だが、内からは窓口。これが眼鏡論的な要点だ。本作の眼鏡は、最終的には、世界と繋がることの象徴となる。当初は外界を拒絶していた書子は、悪魔さんのアドバイスを得ながら、自分で「世界を見る」という意志を持ち始める。眼鏡が世界と繋がる窓口に変わる。核心部分のネタバレになるから詳しくは書けないが、書子が示した「見る」という意志は、185頁で端的に確認することができる。
眼鏡は、世界を拒絶する防御壁にもなれば、世界と繋がる窓口にもなる。どちらになるかは、悪魔の言うとおり、「それを決めるのはお前である。」ということだ。この眼鏡の有り様は、「メディアとしての言葉」というものの機能とよく似ている。そして本作は、「メディアとしての言葉」の有り様を実によく描いている。言葉は世界を拒絶して内側にこもるものであると同時に、世界と繋がる窓口でもある。一見世界を拒絶しているかに見える書子の言葉は、本心では世界と繋がることを強烈に欲する表現だ。一見書子を嘲る悪魔さんの言葉は、本心では書子を応援するための表現だ。このように矛盾する「メディアとしての言葉」の有り様が、眼鏡の描写にも通底している。だから、「スカートを短くしろ」とか「眉毛を剃れ」とか「髪を染めろ」とか「大衆に迎合しろ」とか言う悪魔さんは、決して「眼鏡を外せ」とは言わなかったのだ。しみじみと、良い作品である。

書誌情報

同名単行本全一冊。電子書籍で読むこともできる。
著者のブログには、1頁眼鏡マンガや、眼鏡っ娘のイラストがたくさんある。また、「絵描くと自然と眼鏡描いてる’S」という、前世から眼鏡を書き続けているらしい面々の一員だったりするので、たぶん前世から応援してる。

【Kindle版、単行本】陸野二二夫『それでも世界を崩すなら』秋田書店、2015年

【著者ブログ】66

【同人】絵描くと自然と眼鏡描いてる’S

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