この眼鏡っ娘マンガがすごい!第149回:香川祐美「みやっこちゃんの法則」

香川祐美「みやっこちゃんの法則」

小学館『別冊少女コミック増刊』1982年7月号

不思議ちゃんに見えた眼鏡っ娘が、ふつうの女の子だったと気づくお話。そして結論から言えば、この場合の「ふつう」とは、つまらないとか取るに足りないとかいう意味ではない。相手を「キャラ」としてではなく、一人の人間として理解するということなのだ。

ヒロインの眼鏡っ娘は、尾西都。高校2年生。同じクラスになった伊藤くんは、眼鏡っ娘のことが気になって仕方がない。

都は、化学のテストは学年で1番なのに、現国のテストは18点だったりする。現国には正答なんかないと言って、好きなことを書きまくって、点数が悪くなるということらしい。そんな都のことを、伊藤くんは「おもしろい子」だと思う。「なんか変わってるなあ」と思う。今風に言えば「不思議ちゃん」といったところだろう。

都の不思議ちゃんっぷりは、どんどん伊藤くんを魅了していく。眼鏡っ娘の一挙手一投足が気になって仕方がない。

が、そんな眼鏡っ娘が、実はふつうの女の子だということに気がつくときが来る。都が失恋してしまったことを、偶然、伊藤くんは知ってしまう。

都は、伊藤くんに「わたし、恋なんかしないように見えるでしょ」とか「らしくない」とか言う。都は自分のことを「変わってると見られている」と認識していたのだ。でも、伊藤くんは、都が「ふつうの女の子」だと気づいた。伊藤くんに「ふつう」であることを受け止めてもらって、都の感情が溢れ出す。

都が涙を流したのは、伊藤くんが気づいたとおり「失恋のためだけではない」だろう。おそらく、自分のことを「ふつう」に受け止めてもらい、嬉しさと恥ずかしさが入り交じった感情が溢れ出したのだ。そして、都が「ふつうの女の子」だと気がついて初めて、伊藤くんも自分の気持ちに気がつくことができる。彼女のことが、好きだったのだ。そして二人の心の交流が始まる。

眼鏡っ娘というと、マンガや小説やアニメなどのフィクションにおいて、しばしば風変わりなキャラとして描かれる。世間の価値観とズレた眼鏡っ娘がたくさんいる。それ自体は、とても良い。我々はそういう世間に流されない眼鏡っ娘のことが、大好きだ。萌え。しかし萌え要素に囚われすぎて、表面上は一風変わった眼鏡っ娘たちが、実は「ふつうの女の子」であることを見逃してしまうとしたら、勿体ない。人格相互のコミュニケーションは、表面上の風変わりなキャラから生じるのではなく、「ふつう」の部分で行われるのだから。表面上の不思議キャラは「好き」とか「萌え」の対象にはなるかもしれないが、「愛」の対象にはならないのだから。相手を「キャラ」ではなく、一人の人間として理解するところから、愛というものは生じる。それは、伊藤くんに言わせれば、都を「ただの普通の女の子」として理解するということなのだ。結論を繰り返すと、この場合の「ふつう」とは、決してつまらないとか取るに足りないという意味ではないのである。

書誌情報

本作は28頁の短編よみきり。単行本『春の扉』収録。しみじみ、抜群に温かみのある絵が上手なマンガ家だ。特に「掛け網」の使い方が心地よい。本作でも、眼鏡っ娘の髪の毛や制服の黒が掛け網で表現されているところは、すごい技術だ。惚れ惚れとする。作画のデジタルテクノロジーが進化することで、こういう温かみのある掛け網表現は絶滅に向かっていくのか、それとも逆に発展するのか。

【単行本】香川祐美『春の扉 ユミのクリスタルワールド 3』小学館、1987年

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眼鏡文化史研究室