この眼鏡っ娘マンガがすごい!第157回:井上和郎「あいこら」

井上和郎「あいこら」

小学館『週刊少年サンデー』2005年第32号~2008年第10号

画期的な作品です。というのも、週刊少年マンガ誌という媒体で、めがねフェチの有り様を存分に描いてしまったからであります。とはいえ、めがねフェチの有り様を確認する前に、まずはかわいい眼鏡っ娘を見ていきましょう。

ヒロインの一人として登場する眼鏡っ娘の名前は、月野弓雁ちゃんです。作中ではバストが大きいことがやたらと強調されておりますが、我々にとっては些末なことであります。めちゃめちゃかわいいのです。

趣味が読書とゲーム(後に様々なエピソードに展開するぞ)で、弓道着姿が眼鏡にジャストフィットしております。神々しいばかりに美しいのです。

が、こんなにかわいいのに、残念なことに本作ではメインヒロインとしては扱われていないのでした。というのも、本作は「セオリー通りのキャラ配置」に徹しているからなのです。それは作中で自己言及的に明らかにされているところです。

まあ、平成ギャルゲー的キャラ配置ということですね。ちなみに、この「セオリー通りのキャラの配置」の中に眼鏡っ娘が一人いることの意味については、かつて本コラムで考察を加えております。(参照:第47回「星の瞳のシルエット」第83回「竹本泉の眼鏡無双」第84回「魔法騎士レイアース」。)
さて、メインヒロインとして扱われているのは、いわゆる「気の強そうな、いかにもツンデレ娘」なわけですが、我々にとっては比較的どうでもよいことです。まあ、とはいえ、このツンデレがツンデレらしく眼鏡をかけるエピソードにはトキメキを感じざるを得ないわけですけれどもね。

ということで、眼鏡っ娘・弓雁ちゃんは残念ながらメインヒロインではありません。ありませんが、しかし本作を通読すると、いちばん魅力的な娘に描かれているようにしか読めないのです。そう、いちばん良い娘なのです。「本当のメインヒロインは眼鏡っ娘だったのだ!」と主張したくなります。が、注意しなくてはならないのは、ここに罠があるのかもしれない、ということです。
我々にとって厄介なのは、「脇筋にいる眼鏡っ娘のほうに萌える」という傾向が隠せないところです。我々としても本当は眼鏡っ娘にはメインヒロインとして輝いて欲しいのですが、しかし実は眼鏡っ娘は脇役だからこそ輝きを放っているという可能性を排除することができないのです。ここにジレンマが生じます。本作は、「脇役だからこそ輝く眼鏡っ娘」という有り様をまざまざと見せつけているのかもしれません。安易に「メインヒロインは眼鏡っ娘だ!」と主張しにくいのであります。いやはや。
そう考えると、作者が作中で自己言及的に示した「なんてセオリー通りのキャラ配置!!」という言葉は、かなり高度な韜晦と言えるでしょう。ああ、恐ろしい。

さて、そんな本作について語るべきことは、眼鏡っ娘そのもの以外にもあります。というか、こちらのほうが我々にとっては大問題となるでしょう。というのは、本作では、眼鏡を愛する者(メガネスト)に関わる印象的なエピソードがとても多いのです。
たとえば「PARTS10謎の犯罪者」では、女性の顔にマジックで眼鏡が描き込まれるという事件が多発し、メガネフェチのシブサワが犯人かと疑われます。が、シブサワは真犯人ではありませんでした。

ちなみにこのシブサワの、「アホなことを言っているのに貫いている姿勢が格好いい」という生き方は、ぜひ見習っていかなければならないでしょう。
そして真犯人は(ネタバレすみません)、なんと眼鏡っ娘好きの女性だったのでした!

ああ、我々も「心の底から眼鏡っ娘が大好き」だ。だが、だからといってむりやり眼鏡をかけさせてはいけないのですよ。

まあ、情状酌量の余地は十分にありそうですね・・・
そしてこの眼鏡っ娘好きの女子高生・鹿野紅葉は、さらに「PARTS21メガネッ娘大作戦!!」で眼鏡の魅力を全国に訴えてくれるのです。ありがとう、ありがとう。

ストーリーは、あの眼鏡っ娘・弓雁ちゃんが世間の愚かな迷信に惑わされて眼鏡を外してしまうという、恐怖以外の何物でもない話から始まります。紅葉は再び弓雁ちゃんの眼鏡を取り戻すべく、熱弁をふるうのでありました。

そうだ! そのとおりだ!
そして紅葉の努力の甲斐もあって、弓雁ちゃんは眼鏡の素晴らしさを再発見するのです。

いやあ、よかったよかった。

しかし本当の問題作は「PARTS42真メガネ党」の回に訪れます。

真メガネ党とは、ただのファッションで伊達眼鏡をかけるような世間の愚かな風潮に鉄槌を下すべく偽物眼鏡狩りをする恐ろしい集団なのですが、なんとなく既視感があるのは気のせいでしょう。きっと我々のことではないです。…たぶん。たぶん。
真メガネ党は「純粋なメガネッ娘」を守るために日々活動を行なっているのですが、弓雁ちゃんを拉致して、何があっても外れない眼鏡をかけさせようとするのです。なんと素晴らしい。恐ろしい。

しかし主人公たちの邪魔活躍によって真メガネ党の野望は潰えることになります。残念なことだ。

さて、そんなふうに眼鏡エピソード満載の本作ではありますが、実は本作が首尾一貫して扱っているのは、「人間全体を見るか、パーツを見るか?」というテーマでした。
弓雁ちゃんであれば、本作中では主人公の「理想のバスト」を持っているので、主人公は弓雁ちゃんの人間性そのものではなく、バストばかりを追求しました。それが最終的に破綻を迎えることになります。

やーいやーい、ざまあみろ、女の子の人格を見ないで胸ばかり見てるからだ、嫌われろ嫌われろ、あースッキリした。などと言っている場合ではないのです。本作の主人公の場合は「胸」でしたが、我々の場合は「眼鏡」が問題となってしまうことを忘れてはなりません。たとえば、もしも「だってあなたは私の眼鏡が好きってだけで…私のことなんて見てないもの…」などと言われた日には、わたしたち、どうすればいいのでしょうかっ!? 「眼鏡をかけた君が好きなんだ」と言っても、たぶん許してもらえないのです。
これが我々の抱える本質的な問題なのでしょう。そして本作は、この本質的で不可避の問題に真正面から真摯に取り組んだ、希有な作品の一つとなりました。「真メガネ党」などの眼鏡萌えエピソードを喜んで笑いながら読んでいるうちはいいのですが、「私か眼鏡か」という本質的な問題に直面させられたとき、震えが止まらないのでありました。
次のシブサワの言葉は、非常に重いのです。

そう、常識的に考えれば、「フェチと恋愛」が両立するわけがありません。この現実を突きつけられたとき、我々にできることなどあるのでしょうか。シブサワは「恋愛沙汰なんかにはキョーミがないんだ。ボクが求める愛は永久不滅の愛…フェチ道だけさ…」(5巻149頁)と言い切ることで矛盾を解消しました。油坂は「フェチは、別腹だ!!」(7巻56頁)と開き直って「恋愛だけが正しい愛の形だと信じているこの世界」(60頁)を変えるという展望を示しました。確かにそれらも一つの知見ではあるでしょう。が、本当にそれでいいのでしょうか。これは「愛とは何か?」に本質的に関わってくる非常に重いテーマなのです。(ちなみに愛が代替不可能であることについては、単行本11巻56頁に見事に描かれております)。いやあ、恐ろしい。

書誌情報

単行本全12巻。電子書籍で読むことができます。ちなみに真メガネ党のエピソードは単行本5巻収録。

本作のテーマである「フェチと恋愛」の両立問題に真正面から取り組んだ作品は、他にもあります。ほかでもない、西川魯介『屈折リーベ』田丸浩史『ラブやん』です。どちらもメガネフェチの主人公が眼鏡っ娘を愛することの矛盾に直面し、苦悩する話です。
テーマが同じだからといって、パクっていることには当たりません。なぜなら、このテーマは突き詰めていけば人類に普遍的に妥当するものであって、真剣に作劇に取り組む限り、必ずどこかで行き当たる問題だからです。
そして、その問題の描き方と解決方法に作家の個性が表れます。問題の本質から目をそらすことなく正面からぶち当たった『屈折リーベ』と『ラブやん』が代替の効かない個性的な作品になったように、本作も個性的な作品となったように思います。「小さい頃からパーツは好きだが一度も恋をしたことがない」という主人公ハチベエのキャラクター造作の勝利だと思う次第です。

【単行本・Kindle版】井上和郎『あいこら』第1巻、小学館、2005年

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第156回:井上和郎「美鳥の日々」

井上和郎「美鳥の日々」

小学館『週刊少年サンデー』2002年第42号~2004年第34号

このコラムを書き続けて、改めて気づいたことがあります。記憶に残る素晴らしい作品になるためには、可愛い眼鏡っ娘が登場することは確かに大切なのですが、負けず劣らず「眼鏡を愛する者」(以下、メガネストと呼びます)が魅力的であることが重要だということです。たとえばそういう作品として、『屈折リーベ』『ラブやん』『妄想戦士ヤマモト』や『境界の彼方』などの名前を挙げられます。

というわけで、本作もそういうメガネストが魅力的な作品の一つであります。とはいえ、本作の問題は、主人公の沢村正治が本当にメガネストかどうか、その一点にあるでしょう。というのは、作中では明らかに眼鏡っ娘のことが好きであろう描写が連発されるのですが、肝心なところではぐらかされてしまうからであります。果たして彼はメガネストなのか、その点に着目して見ていきましょう。

たとえばdays13やdays22では、正治は眼鏡っ娘のゆかりちゃんに圧倒的に悩殺されます。明らかに眼鏡っ娘に反応しているのです。

いやあ、キラキラしてますねえ。私も悩殺されます。正常な反応です。
とはいえ、問題はdays27なのです。正治をメガネストだろうと推測した姉が凶悪な眼鏡トラップを仕掛けるのですが、なんとこの素晴らしい眼鏡っ娘に、正治はまったく反応しないのです。これでトキメかないようでは、断じて眼鏡フェチとは呼べません。

このメガネ姿に反応しないようでは、正治が本当にメガネストかどうか、疑わしいのであります。
が、しかし。ちょっと冷静になって考えてみれば。むしろ正治は極めつけに重度なメガネストなのかもしれません。というのは、ひょっとしたら伊達メガネには反応しないということかもしれないからです。伊達メガネを否定する、重度の原理主義メガネストの可能性があるわけです。
だがしかし、この仮説も、days20で覆されているのです。正治は、変装ダテめがねに見事に反応するのでありました。

伊達眼鏡のヒロインに、「ズギューンッ」っとハートを射貫かれております。伊達かどうかは、重要な論点ではなかったのです。
正治が眼鏡っ娘に対して防御不能であることは、他にも様々なエピソードで描かれております。彼がメガネストであることに、もはや何の疑いもないのであります。

正治がメガネスキーになった経緯は、days58に丁寧に描かれています。小学校のクラスメイト、保健委員の眼鏡っ娘が、彼の初恋の相手だったのでした。うん、超かわいい!

こんな眼鏡っ娘が幼なじみでは、メガネストになるのも無理はありません。
この眼鏡っ娘、days64では腐って再登場するのですが。

というわけで、こんな重度のメガネスキー正治がどうしてdays27で眼鏡っ娘に無反応だったかが、改めて重大な問題として浮かび上がってくるのです。残念ながら作中では、直接その疑問に対する解答を見出すことはできません。理由が明確に分かる人には、ぜひご教示いただきたいところです。よろしくお願いします。
今のところ、個人的には、問題を解く鍵となるのは「お姉さん」の存在ではないかなあと考えております。正治の姉は、圧倒的な眼鏡ビューティーなのです。性格はワイルドなんですが。

で、正治はもちろん肉親である姉には眼鏡だからといって反応することはありません。これが重要な事実かなあと思うわけです。つまり、身内であると思っている対象は、本能的に「萌え」の感情から外すということなのかもしれません。萌えの聖典『妄想戦士ヤマモト』でも、あのヤマモトですら実の妹がいるために「妹萌え」を理解できないというエピソードが描かれています。本作でも、たとえ眼鏡であっても「身内」には萌えないという原則が現われているのかもしれません。

しかし、この姉、とてもキュートな眼鏡っ娘ですねえ。個人的には、本作に出てくる眼鏡っ娘の中で、いちばん魅力的な人物であるように思うのでありました。
ということで、魅力的な眼鏡っ娘が満載な上に、メガネストの生態も描かれている作品なのでした。

書誌情報

同名単行本全8巻。電子書籍でも読むことができます。
本文中では眼鏡っ娘に夢中で作品そのものに触れる余裕がありませんでしたが、改めて見てみると、読後感がとても爽やかな秀作です。一見して面白おかしくフェチズムを追究しているように見えながら、実際に読んでみると、人間のかけがえの無さに対する暖かな眼差しと信頼感が全編に漲っていて、とても温かい気分になれるのです。表面的に見るだけでは奇をてらった設定に目を奪われるかもしれませんが、本質的には王道ド真ん中の清々しいラブコメであるように思います。

【Kindle版】井上和郎『美鳥の日々(1)』小学館、2003年

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第155回:かやまゆみ「そうっと…リフレイン」

かやまゆみ「そうっと…リフレイン」

講談社『別フレDXジュリエット』1985年3月号

ヒロインは転校生の眼鏡っ娘なのです。転校早々、眼鏡を落としてしまったヒロインの前に、格好いい男子が現われます。さすがヒーロー、眼鏡を拾って、「すっ」とかけてあげるのです。これこそ少女マンガ。こんな出会いをしてみたい!

ということで、眼鏡をきっかけとして、恋愛ストーリーが始まるのでありました。
本作の眼鏡っ娘は、特に勉強ができるわけでもなく、委員長だったりするのでもない、ふつうの女の子です。ただ近眼で眼鏡をかけているだけです。強調したいのは、実は少女マンガのヒロインの多くが、こういった何の変哲もない眼鏡っ娘だったりすることです。

さて、そんな素敵な出会いをする眼鏡っ娘でしたが、残念ながら、第一印象は最悪なのでした。「メガネしてっとデメキンそっくり」なんてあだ名をつけられてしまうのです。眼鏡をからかっては、いけません!

第一印象が最悪だったせいなのか、二人の関係は卒業までギクシャクしてしまいます。しかし最後に二人を結びつけるのは、やはり眼鏡なのです。眼鏡を落としてしまったヒロインにもういちど眼鏡をかけてあげられるのは、少女マンガヒーローだけの特権です。

眼鏡の絆で結ばれたお二人さん、末永くお幸せに!!

ちなみに注目したいのは、本作のビジュアルです。講談社系眼鏡っ娘の洗練された姿が見られるように思うのです。同じ眼鏡っ娘といっても、雑誌ごとにカラーの違いがあるように思います。特に集英社系と講談社系は、けっこう雰囲気が異なっています。どこがどう違うかを言語化するのはなかなか困難なのですが、本作のビジュアルは講談社系の良質な部分を代表しているように思います。

書誌情報

本編は46頁の短編。単行本『としした恋人』所収。まだ古書で手に入ります。
作者のかやまゆみさんは、残念なことに2005年に病気で亡くなっています。現役でばりばり活躍していた作家さんでしたので、とても残念です。素晴らしい作品の数々は、ぜひ後世まで語り継いでいきたいものです。
【単行本】かやまゆみ『としした恋人』講談社、1985年

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第154回:克・亜樹/原案=八立肇、河森正治「天空のエスカフローネ」

克・亜樹/原案=八立肇、河森正治「天空のエスカフローネ」

角川書店『月刊・少年エース』1994年12月号~1998年1月号

本作は、異世界転生ファンタジーものの一種であります。ヒロインは異世界の救世主として召喚されるのですが、それは比較的どうでもいいことです。最大のポイントは、その救世主がまさに眼鏡っ娘だということであります。

そして本作の最大の見所は、異世界に召喚された直後にあります。というのは、異世界に召喚されるとき、身につけていた衣服等は、なんと眼鏡も含めてすべて剥ぎ取られてしまうのですが。眼鏡は異世界に持って行けないのですが。だが。だが、しかし。「この惑星にもメガネはあるのね…」、なのであります!

物語の舞台は、完全に中世です。それにも関わらず、この中世的な異世界にも、眼鏡は存在していたのです! なんとありがたいことではないですか!!

そんなわけで、眼鏡っ娘は敵に捕まって縄で縛られたりと、縦横無尽の大活躍を見せるのでした。

もしも眼鏡がない世界だったら、この大活躍もありえなかったところです。ありがとうございます、ありがとうございます。

そしてなんと、敵のほうもヒロインのことを「眼鏡の娘」と呼び始めるのです。これは凄いことです。というのは、この中世的な異世界であっても、ある女性を「眼鏡ON/眼鏡OFF」で区別するという認知枠組が成立していることが分かるからであります。ある人物を「眼鏡の娘」と呼ぶことは、ガンダムを「連邦の白いMS」と呼ぶのと同じくらいのハイセンスな呼称だと言えるでしょう。


あるいはカタカナで「メガネ娘」と呼んだりしますが、どちらにせよ女性を個体認識するときに「眼鏡ON/眼鏡OFF」が決定的に重要であることが示されているセリフと言えましょう。

さて、そんな眼鏡っ娘ですが、物語中盤(単行本では4巻)で、いちど地球に戻ってきます。嬉しいのは、このときに眼鏡の着替えをしているところです。もともとスペアの眼鏡があったのか、新しく買ったのかは作中からは伺うことができませんが、ヒロインが眼鏡に対して高い意識を持っていることがわかります。素晴らしい!

が。だが、しかし。
そう喜んだ矢先に、我々に悲劇が襲いかかるのでありました。第18話の扉絵で素晴らしい眼鏡姿を拝んで安堵した我々に突きつけられるのは、18話から最終話まで、ヒロインがメガネレスになってしまうという悲しい事実なのでありました。なんてこった!!

どうしてヒロインが眼鏡なしでいられるのか、その理由が作中で語られることは、ありません。ヒロインは近眼なはずなのに、どうして眼鏡なしで日常生活を営むことができるのか、まったく説明されることは、ありません。伊達眼鏡であったという説明なども、ありません。なにもなく、ただ単に、眼鏡だけなくなってしまうのでした。な、なにが起こったのだ!?

こうして途方に暮れ、悲しみに沈んだまま最終話まで惰性で読み進めるのですが、最後の最後で、やっと一筋の光りが差し込むのです。地球に戻ってきたヒロインは、眼鏡をかけ直しているのです。ああ、眼鏡をかけ直しているのです。

その眼鏡はまるで、輝く黄金の聖宝石。異世界を背景に、神々しい姿で我々に微笑みかける眼鏡っ娘。途中で放り出したりしないで、最後まで読んで良かったと心底思える、素晴らしいラストシーンでありました。

ちなみに単行本8巻のラストには、作画の克と原案の河森の対談が収録されていて、きわめて重要な証言が記録されております。アニメ版のヒロインが眼鏡をかけていないのは、どうやら赤根監督の思想に問題があったからのようなのです。……。

無念であります。…………。なにしてくれとんねん。

書誌情報

同名単行本全8巻。電子書籍で読むことができます。
本作は角川書店『月刊・少年エース』創刊号から連載され、3年あまりで完結しました。アニメ版のエスカフローネもよく知られていると思いますが、マンガ版は単にアニメをコミカライズしたものではありません。まるで別の作品と言ってよいでしょう。マンガはアニメ放映の半年前から連載が開始され、物語の筋もけっこう違っていますが、やはり決定的な違いは、ヒロインが眼鏡をかけているかかけていないかです。もはやまったく似たところのない、タイトルだけがたまたま同じの別の作品と断言してよいでしょう。もしもヒロインが眼鏡をかけていなかったら、歯牙にもかけられなかったわけですからね。
まあ、眼鏡的観点なしで読んだ場合、主人公バァンのビルドゥングス・ロマン、あるいはボーイ・ミーツ・ガールものとして、かなりよくできた話だと思いますけども、比較的どうでもいいことではあります。

【単行本・Kindle版】克・亜樹/原案=八立肇、河森正治『天空のエスカフローネ』1~8、角川書店、1995年

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第153回:石井まゆみ「フラッシュ・バック」

石井まゆみ「フラッシュ・バック」

集英社『ヤングユー』1999年8・9月号

オフィスで働いている、あまり目立たないけれども地味に有能な眼鏡さんって、素敵だと思いませんか。私は素敵だと思います。洒落っ気が薄くて丈の長いスーツで、髪を無造作に束ねているだけの眼鏡さんを見ると、全力で応援したくなりませんか。私は全力で応援したくなります。
そんな眼鏡さんを描かせたらピカイチなのが、本作の作者、石井まゆみなのです。

ああっ、仕草がとてもかわいいですね。
そしてそんな眼鏡さんは、密かにめちゃめちゃ有能なわけです。そして有能なのに、それをまったく鼻にかけない、素っ気ない態度も、たまらないんです。

しかしなんと、ただの派遣社員かと思われた眼鏡さんは、実は物の怪を払う秘密の力を持っているスーパーヒロインなのでした。裏のミッションをこなした眼鏡さんは、たくさんのファンを作って、どことも知らず颯爽と去って行くのでありました。掴み所がないのも、眼鏡さんの魅力の一つかもしれません。

ヒロインの九十九さんは、ビジュアル的にも素晴らしいのです。というのは、少女マンガ伝統のズレ眼鏡を正統に引き継ぎつつ、アダルトな魅力を醸し出すビジュアルに進化しているからです。このタイプの眼鏡さんを描かせたら、石井まゆみの右に出る人は、そうはいません。

表紙が眼鏡レスなのが、返す返すも惜しまれるところではあります。残念。でも、中表紙見返しの眼鏡姿など、惚れ惚れとします。今後も格好いい眼鏡さんを、どんどん描いていって欲しいです。

書誌情報

同名単行本に収録。本編は80頁の中編。講談社時代には眼鏡を外して美人になって幸せなどという残念な作品も描いているけれども、集英社時代の作品は、代表作「ロッカーのハナコ」さんを初めとして、かなり眼鏡力が高い作家さんです。
【単行本】石井まゆみ『フラッシュ・バック』集英社、1999年

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第152回:鈴木信也「Mr.FULLSWING」

鈴木信也「Mr.FULLSWING」

集英社『週刊少年ジャンプ』2001年23号~06年23号

基本的に野球マンガではありますが、まあ、それは比較的どうでもよいことであります。本作が極めて重要なのは、『週刊少年ジャンプ』のヒロインに眼鏡っ娘を据えてきたという一点にあるのです。後世まで賞め讃えられるべき作品なのです。

本作のヒロインは、野球部マネージャーの鳥居凪さん。主人公の猿野は、眼鏡っ娘に惹かれて野球部入部を決意するのでした。眼鏡っ娘がマネージャーをやっていたら、猿野でなくても野球部に入っちゃうね。

メガネをかけてる娘、最高だと思います!

そしてこの作品がとても素敵なのは、めがねLOVEなネタをぶちこんでくるあたりにあるのです。たとえば単行本8巻では、練習試合の対戦相手が「音瓶(ねがめ)高等学校」なのです。

このNEGAME高校が、たいへん素敵。

こ、ここは鯖江なのか!?
いや、本作が描かれたのは、鯖江に眼鏡ベンチ等が設置される前のことなのです。こうなったら、さらに鯖江でも植込みを眼鏡の形にしてもいいかもしれません。

そして音瓶高校に来て、眼鏡っ娘も活き活きするのです。

うわあ、「メガネマーガレット」読みてえ!

そして音瓶高校のキャプテンは、別紅飴理(べっこうあめり)という名前のキャラなのです。このキャラがまたたいへん素敵なのであります。

残念ながら、このNEGAME高校は、主人公たちとの練習試合で負けてしまいます。
このままフェイドアウトなのかなあと思ったら、実はこの後、なかなか胸熱な展開になるのです。具体的には、単行本13巻で、飴理キャプテンが極めて重要な働きをしてくれます。

猿野たちがピンチに陥って困っていたところに、「メガネの事でお困りかな」というセリフと共に、飴理キャプテンが現われます。うおお、すげえカッコいい。一度は言ってみたいセリフじゃないですか、「メガネの事でお困りかな」

ケースに満載した眼鏡の中から素敵メガネを見繕ってくれる飴理キャプテン。お、おまえ、実は西川魯介師だったのか!?

そして飴理キャプテンがもたらしたメガネによって、猿野たちのチームは見事に逆転勝利を収めるのでありました。メガネ最高!
まあ、このエピソードについて岩城とかなんとか言う向きもあるようですが、「勝負は最後のメガネをかけるまでわからないぜ」なんて決めセリフを言ってくれるのは、確実にこのマンガのオリジナルなので、まったく問題ありません。

そんなわけで、眼鏡っ娘ヒロインは最後まで眼鏡を外すことなく活躍してくれるので、安心していただきたいのであります。週刊少年ジャンプで長期にわたって眼鏡っ娘がヒロインを張り続けた事実は、とても尊いものです。いくら感謝してもしたりません。ありがとう、ありがとう! 牧村南さんがジャンプのヒロインに!と言って大喜びしていたのは、秘密だ。
ちなみに凪さん、眼鏡だからといって勉強ができるとかオタクだとかいう属性はついていないようです。

書誌情報

同名単行本全24巻。文庫版では全15巻で、電子書籍で読むこともできる。

【単行本】鈴木信也「Mr.FULLSWING」1巻、集英社、2001年
【Kindle版・文庫版】鈴木信也『Mr.FULLSWING』1巻

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第151回:いでまゆみ「うっふん♥探偵日記」

いでまゆみ「うっふん♥探偵日記」

講談社『なかよし』1980年7月号

ヒロインの眼鏡っ娘・原田右子は、おカタい風紀委員長。今日も朝から全校生徒をビシビシと風紀指導しております。まさに委員長の鑑なのです。痺れる!

そんな委員長の前に、転校生が颯爽とバイクで登場するのであります。マイペースな転校生の振る舞いに、さすがのカタブツ委員長もペースを乱されてしまいます。

転校生をギャフンと言わせるため、なんとか弱みを握ろうとして後をつけ回す眼鏡っ娘なのです。が、転校生の日常を改めて見てみると、実はいい奴だということがだんだん分かってきます。しかしイジけてしまって自分に自信がもてない委員長なのです。転校生のたわいもない一言に過剰反応して、ついついネガティブな感情をぶつけてしまいます。昭和の当時は、これを「ツンデレ」と言わず、「意地っ張り」と言っておりました。意地っ張りの眼鏡っ娘、これこそ昭和の少女マンガが誇る文化遺産なのです。

意地っ張りの眼鏡っ娘でしたが、しかしそこはやはり転校生は少女マンガのヒーローなのでした。自分の方から非を認め、「テレくさかった」と謝って、眼鏡っ娘に告白するのです。そんな素直なヒーローの前に、かたくなな委員長の心も溶けていくのでありました。

そんなわけで、70年代少女マンガのド真ん中王道「そんな意地っ張りの君が好きなんだ」を真っ直ぐに行く作品です。何度でも言いますが、眼鏡を外して綺麗になってモテモテになるようなマンガなど、昭和の少女マンガでは傍流です。眼鏡っ娘がメガネのまま「そんな君が好きなんだ」と受け入れられるのが少女マンガの王道なのです。だから我々も自信を持って「眼鏡のままでいいんだ」と言い続けていきましょう。

書誌情報

単行本『野性の君に首ったけ』所収。35頁の短編。
残念ながら新刊では手に入らないが、とても人気があって単行本の数が出ている(手許のは9刷)ので、古本で比較的容易に手に入れることができる。

【単行本】いでまゆみ『野性の君に首ったけ 』講談社、1982年

 

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第150回:西川魯介「野蛮の園」

西川魯介「野蛮の園」

白泉社『ヤングアニマル増刊Arasi』2002年vol.3~05年no.4

「西川魯介が増えすぎた眼鏡フェチをマンガに描くようになって、既に四半世紀が過ぎた。西暦2002年、新宿ロフトプラスワンで開催されたトークイベントはメガネっ娘居酒屋委員長を名乗り、西川魯介に出演要請を挑んできた。人々は自らの行為に恐怖した。」

「眼鏡がただの萌え要素でないところを見せてやる!」
「魯介め! やるようになった!」

「見事だな。しかし小娘、自分の力で勝ったのではないぞ。その眼鏡の性能のおかげだということを忘れるな!」

「裸眼に比べ、我が眼鏡っ娘の数は30分の1である。にもかかわらず、今日まで戦い抜いてこられたのはなぜか。諸君、我が眼鏡っ娘萌えの目的が正義だからだ。これは諸君らが一番知っている。」

「眼鏡っ娘が嫌いな人がいるのかしら? それが眼鏡を外して滅びていくのを見るのは悲しいことじゃなくて?」

「なぜ魯介をエロに巻き込んだのだ!? 魯介はエロを描く人ではなかった! 貴様が魯介をエロに引き込んだ!」
「それが許せんというなら間違いだ。」
「な、なに?」
「エロがなければ魯介の眼鏡への目覚めはなかった。」
「それは理屈だ!」
「しかし正しいものの見方だ。」

「魯介は自分がいかに危険な人間か分かっていない。野蛮の園は、眼鏡っ娘萌えの有り様を素直に示しすぎた。」
「だから、なんだと言うんだ!」
「人は、流れに乗ればいい。だから私は、野蛮の園で抜く!」

「屈折リーベで魯介が言った、眼鏡っ娘は抜くための道具ではないって。」
「今という時では、人は眼鏡っ娘をエロの道具にしか使えん。魯介はエロを描く運命だったのだ。」
「貴様だって、眼鏡フェチだろうに!」
「えぇい、なら同志になれ。そうすれば魯介も喜ぶ。」
「正気か?」

国民よ!
悲しみを萌えに変えて立てよ、国民よ!
眼鏡っ娘こそが選ばれた民であることを忘れないでほしいのだ!
優良児たる眼鏡っ娘こそ、人類を救い得るのである!
ジーク眼鏡っ娘! ジーク眼鏡っ娘!

書誌情報

同名単行本全3巻。「僕がいちばん眼鏡っ娘をうまく描けるんだ。」

【単行本/Kindle版】西川魯介『野蛮の園 1』白泉社、2003年
【単行本/Kindle版】西川魯介『野蛮の園 2』白泉社、2004年
【単行本/Kindle版】西川魯介『野蛮の園 3』白泉社、2005年

 

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