この眼鏡っ娘マンガがすごい!第36回:島本和彦「炎の転校生」

島本和彦「炎の転校生」

小学館『週刊少年サンデー』1983年31号~85年48号

036_01s島本和彦初期の代表作「炎の転校生」は、一般には貧乳萌えマンガだと勘違いされているが、実際は眼鏡っ娘マンガだ。まず滝沢のライバル城之内が、かなり徳の高いメガネスキーだ。国電パンチを喰らって倒れた城之内が立ち上がろうとしたとき、その視線の先に眼鏡っ娘がいた。「ゆかりちゃんより…おれの好みの…娘が…いたっ!?」と心で叫ぶ城之内。実は国電パンチのダメージはたいしたことはなく、立とうと思えば立ち上がれたのだが、城之内はヒロインのゆかりちゃんよりも眼鏡っ娘を彼女にしたいと思ったため、わざと立ち上がらなかった。そう、滝沢と城之内の不毛な勝いに決着をつけたのは、眼鏡っ娘のかわいさだったのだ!

そして城之内は見事に眼鏡っ娘と付き合い始めるのだが、さらにメガネスキーの道を貫く。右手を負傷して入院した城之内が看護婦さんに囲まれてハーレム状態になるのだが、その図を確認していただきたい。

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4人のうち、2人が眼鏡っ娘。眼鏡率50%。全員メガネじゃないところは残念なことに徳が不足しているが、あだち充と高橋留美子というツートップがまったく眼鏡を描かなかった眼鏡暗黒期の週刊少年サンデーに載っていたことを思い合せると、これは快挙と言うべきだろう。ありがとう、城之内。

036_04本作の眼鏡はそれにとどまらない。話が進むたびに、衝撃の事実が明らかになる。ブラック滝沢との戦いのなか、回想シーンにおいて、滝沢が中学2年のときに好きだった女の子がなんと眼鏡っ娘だったことが明らかになる。眼鏡っ娘の愛を勝ち取るために、滝沢は若月と壮絶な戦いを繰り広げることになる。

さらに、滝沢に刺客として送り込まれた「戦闘フォー」という4人組の女の子のうち、一人が眼鏡っ娘だ。もちろんこれは実在のアイドルグループ「セイント・フォー」のオマージュではあるが、他にも選択肢がいくつもあるなかで、しっかり板谷祐美子を擁するセイントフォーを投入してくるあたり、島本和彦の確かな眼力が伺える。

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ここまで確認してきたエピソードで注意したいのは、本作にはメガネだからといって容姿が劣るなどといった愚かな観念が1ミリたりとも現れていない点だ。むしろ眼鏡っ娘は積極的に美人として描かれている。モブキャラでも眼鏡っ娘がたくさん登場する。そして眼鏡エピソードの極めつけは、陽子と中性子だろう。

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秘密教育委員の郷路の娘が、二人とも眼鏡っ娘。滝沢は眼鏡っ娘のサポートを得て次々と敵を倒していく。戦いの中、中性子は年下の滝沢のことを好きになる。なうまん高校の戦いに決着がつき、いよいよ最後の戦いへと出発する滝沢に、中性子は自分の眼鏡をプレゼントする。

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「このメガネ、私だと思って大切にしてね」……これほど魂が込められたセリフがあるだろうか。いや、ない。「炎の転校生」のあらゆるエッセンスがこの一言に込められている。そして魂のこもった眼鏡をかけて最後の戦いに向かった滝沢は、勝利したのだ。というか、新幹線を降りた時にはいつのまにか眼鏡がなくなっていたけど、ちゃんと中性子ちゃんのメガネ大切にしているんだろうな、滝沢ぁ!!!!

■書誌情報

人気があって大量に出回ったので、いろいろなバージョンもあって、手に入りやすい。電子書籍で読むこともできる。

単行本全12巻セット:島本和彦『炎の転校生』(少年サンデーコミックス)全12巻完結セット
Kindle版:島本和彦『炎の転校生』(1巻) (少年サンデーコミックス)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第34回:大野潤子「点目な気持ち」

大野潤子「点目な気持ち」

小学館『別冊少女コミック特別増刊花林』1991年9月号

034_01「少女マンガでは、メガネを外したら美人になる」などと、言われ続けている。その言葉が極めて不当であることは、我々はこれまでも「眼鏡っ娘起承転結理論」などで論理的に明らかにしてきた。そして当の少女マンガ自身も、その言葉の理不尽さについて声を挙げている。中でも本作は、この問題に真正面から取り組んだ作品として、長く記憶されるべき傑作だ。

眼鏡っ娘女子高生、森音朋子は美術部員で、視力は0.05。夕暮れ時、眼鏡を外して部室から見える風景を描いている。近眼にしか見えない、ぼんやりとした風景。その絵は、他の人間にはヘンテコな抽象画にしか見えない。しかしそんな絵に興味を持って近づいてきたのが、女嫌いで有名な緒海一喜。緒海は眼鏡っ娘に、絵を描いているところを見てていいかと聞く。朋子はちょっと迷うが、許可する。そして、絵を描くために眼鏡を外す。眼鏡を外さないと、近眼でぼやけた風景が見えないのだから仕方がない。しかし、眼鏡を外した朋子は、美少女になるどころか、とたんに地味な点目顔になってしまうのだった!

034_02このときに眼鏡っ娘がかました演説が、クワトロ大尉のダカール演説に匹敵する。本作の見どころである。そしてその演説に感銘を受けた緒海も、静かに眼鏡を外す。そして点目。クールな女嫌いと言われていた緒海も、眼鏡を外すと地味な点目顔になってしまうのだった! 実は幼少時に眼鏡を外した顔を女の子に笑われて以来、女性が苦手になってしまったのだった。

お互いに眼鏡を外すと点目になるところから、次第に親近感を持ち始める二人。しかし朋子の親友が緒海を好きだったことから、大きなトラブルに発展していってしまう。眼鏡っ娘は、態度をはっきりできなかった自分が悪いと思いこむ。「私は人を好きになるのもド近眼みたいで、この絵のようににじんでぼんやりしてる」と自分を責める。そんな眼鏡っ娘を救えるのは、やはり同じ風景が見えるメガネ君しかいないのだ。そう、他人から自分の姿がどう見えているかが重要なのではなく、自分の目から世界がどう見えているかが一番重要なのだ! 風景を共有していることを確認できた二人がハッピーエンドを迎えるのは、世界の摂理だ。

034_03大野潤子は、男性にはあまり知名度がないかもしれない。が、桑田乃梨子、遠藤淑子といった作家にピンとくる人だったら、ぜひ手に取ってほしい作家だ。劇的なドラマはないけれど、読んだ後に優しくなれる、心温まる作品をたくさん描いている。他に「別れのナス」や「プリズムの青」も、いい眼鏡っ娘マンガだ。

■書誌情報

単行本:大野潤子『白花幻燈』(小学館フラワーコミックス、1992年)に所収。古書で比較的入手しやすいと思う。

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第27回:山本直樹「BLUE」

山本直樹「BLUE」

小学館『ビッグコミックスピリッツ』1991年新春増刊号

027_02間違いなくマンガの歴史に名を留める作品だ。内容が眼鏡っ娘で素晴らしいことは言うまでもないのだが、東京都の青少年健全育成条例で有害指定を受け、単行本が回収絶版となり、その事件が契機となって日本全体に表現規制問題の愚かさが知れ渡ったということで、記念碑的な位置づけを持つ作品となっている。本作を有害指定してしまった東京都青少年課の極めて愚かな判断、いや、ある意味では非常に的確な判断が、マンガと性表現に対する多角的な議論を沸騰させた。作者の山本直樹は表現規制に関する様々な集会に呼ばれ、作家の立場からの発言を行った。それは静かで控えめな主張だったが、表現規制を訴える人々の独りよがりの馬鹿馬鹿しさを浮き彫りにするには十分だった。『COMIC BOX』1992年7月号は、山本直樹特集「僕って有害?なんちゃって。」を組んで青少年健全育成条例を批判し、絶版となって入手困難となった本作を再録した。この流れの中で、愚かな東京都の意図をあざ笑うかのように本作は神話的な価値を持つ作品に祭り上げられ、何度も版を継いで語り継がれている。その本作のヒロインが眼鏡っ娘であるということは、眼鏡というアイテムの哲学的意義を考察するうえでも重要な事実である。

027_01というわけで、本作はエロマンガなので、未成年は扱い注意だ。
ヒロインは、高校生眼鏡っ娘=九谷さん。頭もよく運動もできるが、屋上にある天文部の部室で、主人公の灰野くんとセックスを繰り返す。性感を増すために摂取しているのが、Blueという名のクスリだ。というわけで、ビッチの眼鏡っ娘が性交する姿を見て、我々は欲情するわけだが、それで終わっては天下の都条例様がわざわざ有害指定をする意味などない。本作を読み終わったときには、青春とは何か、人生とは何か、大人になるとはどういうことか、どういう生き方が望ましくて、そのために何が犠牲になるのか、いやでもそういうことを考えさせられる。甘酸っぱい後味が残るのだ。天下の都条例様がわざわざ有害指定をしてくださるからには、それくらいの価値がなければならないということだ。いやはや。ご丁寧にも本作をわざわざ有害指定して無用な議論を沸騰させた東京都は、モノを見る目がないことを全国に知らしめてしまったのだった。

027_03作者の山本直樹=森山塔は、眼鏡っ娘マンガの歴史を語る上では絶対に欠かせない超重要人物だ。特に80年代後半から眼鏡っ娘作品を量産しているという事実だけでも、歴史に名が刻まれるべき功績だ。その中でもおそらく最も影響力があったのは単行本『ペギミンH』ではないかと思う。表題作「ペギミンH」でもものすごい眼鏡っ娘:枢馬こけさんが大活躍するが、私が最も興奮したのは同単行本収録の「恋のスーパーパラシューター」だった。物語の冒頭で「そんな君がいちばん好き」と言っている時点で、完全に70年代オトメチック少女マンガのオマージュとなっている。森山塔が意図的に眼鏡っ娘を主題としていたことがよくわかる。
眼鏡暗黒時代の80年代後半から90年代前半、おそらく全国のメガネスキーたちの多くは、森山塔に救われている。ありがとう。

■書誌情報

名作だけあって、版にバリエーションがある。版によってプレミア度が違い、回収絶版になった版は古本で5,000円くらいするが、中身を読むだけなら電子書籍で安く読める。
Kindle版:山本直樹『BLUE』(太田出版、2006年)

「ペギミンH」は再版単行本で読むことができるようだが、どうやら「恋のスーパーパラシューター」は未収録のようだ。
単行本:森山塔『Pegimin H』(Zコミックス)※18禁

「恋のスーパーパラシューター」は選集1に収められているらしい。
単行本:森山塔『森山塔選集(1) 』(Fukkan.com)※18禁

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第21回:藤臣美弥子「0.01のおしゃべり」

藤臣美弥子「0.01のおしゃべり」

小学館『少女コミックCheese!』2000年7月号

021_04ヒロインの眼鏡っ娘高校生=金沢マキは、喫茶店でウェイトレスのアルバイトをしているとき、廉太郎から「そこのメガネっ子」と声をかけられる。マキは眼鏡にコンプレックスを持っていたが、実はデザイナーの廉太郎は眼鏡のモデルを探していて、眼鏡の似合うマキに声をかけたのだった。そこでマキは、素敵な彼氏を紹介してくれるなら、と条件を出す。

021_01廉太郎はマキに彼氏が見つかるまで自分が臨時彼氏になると提案し、マキはモデルになることを承諾する。さっそく商談にマキを連れて行く廉太郎。廉太郎とクライアントは、眼鏡の似合うマキを大絶賛。廉太郎の商談もマキのメガネのおかげで大成功する。マキは眼鏡を褒められるのが信じられない。が、廉太郎は「メガネをかけてるキミがカワイイ」とたたみかける。そうだ、いけ廉太郎! 眼鏡っ娘を褒めまくってメガネに自信を持たせるのだ!

そうして自信を持ったマキは、廉太郎と結ばれる。しかし幸せ絶頂に見えて、実は廉太郎のほうが不安に陥っていた。自分のようなオッサン(27歳)がこんなカワイイ眼鏡っ娘(17歳)と付き合っていいのか、密かに悩んでいたのだ(というか二人はセックスまでしてしまったので、長野県以外では淫行条例にひっかかるのだ)。そこで廉太郎はかっこいい男性をマキに引き合わせ、臨時彼氏は終わりだと告げる。

021_02廉太郎に本気になっていたマキは、別れを告げられて大ショック。思わず廉太郎に眼鏡を投げつけて、その場から駆け去ってしまう。眼鏡を投げつけてしまったので、近眼でまったく周りが見えず、そこらじゅうにぶつかりながら街を走るマキ。このときのメガネなしの顔がヤブ睨みのブサイクで、たいへんよろしい。

追いかけてきた廉太郎は、危なっかしいマキをつかまえて、そして眼鏡をかける。マキにかけさせた眼鏡が、自分がデザインした眼鏡だってところがめちゃめちゃカッコいい。そして廉太郎は、自分に自信がなかったことを素直に告げる。そんな廉太郎に、マキが言ったセリフが本当に素晴らしい。

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「このメガネをかけると、アナタしか見えなくなるんだよ」。たまらんわ。一生のうちに一度は言われてみたいセリフ、ナンバーワンだ!

■書誌情報

単行本:藤臣美弥子『カワイイヒト』 (小学館フラワーコミックス、2000年)所収。

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第6回:中原みぎわ「恋なんてできっこない」

中原みぎわ「恋なんてできっこない」

小学館『少女コミックCheese!』2002年1月号~6月号増刊

006_01この作品の最大のみどころは、一人の少女が主体性を獲得して成長する様子が、メガネを通じてあますところなく表現されているところである。

主人公の杉本つぼみは、自分のことをブスだと思い込み、自信をまったく持てない眼鏡っ娘。そんなイジケ眼鏡っ娘に、イケメンの晴山くんが告白したところから物語が始まる。
しかし晴山くんがどれだけいっしょうけんめい説得しても、ひがみ根性が人格の根っこまでしみ込んだ眼鏡っ娘は、自分が愛されていることをなかなか認められない。そうこうしているうちに晴山親衛隊や元カノにいじめられて、眼鏡っ娘の心はさらに傷つけられ、ますます自分の殻に閉じこもってしまう。

晴山とつぼみがうまくいかなかったことは、最初のキスの時に眼鏡を外してしまったところに象徴的だ。晴山はつぼみにキスをしようとして眼鏡をはずし、つぼみに「あたし晴山がよく見えないんだけど」と言われたにも関わらず、「見なくていーよ」と言い放って、キスをする。しかし眼鏡っ娘の心はますますかたくなに晴山を拒む。眼鏡っ娘の心が閉ざされるのも無理はない。なぜなら晴山が眼鏡を外しながら言った「見なくていい」というセリフは、眼鏡っ娘の主体性を否定して、単に男が愛玩するだけのモノとして扱うという宣言だ。メガネを外すことは、女性の主体性を奪い去ることを意味する。

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しかし晴山の素晴らしいところは、「メガネをとったら美人」などという愚かなことを決して言わなかったところだ。晴山はつぼみをメガネのまま受け入れる。晴山は常にメガネのつぼみを応援する。心の底からメガネのつぼみをかわいいと思っている。そう、晴山は完全に眼鏡っ娘好きなのだ。外野からどれだけ反対されようと、ブス専だと馬鹿にされようと、眼鏡っ娘を愛する姿勢は微動だにしない。あきらめずにメッセージを伝え続けた晴山の熱意が実り、つぼみは心を開く。そして二人が結ばれたシーンの描写が、きわめて秀逸だ。

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セックス終了後、つぼみは言う。「あたしメガネかけていい? 晴山の顔ちゃんと見たいの」。「見る」という主体的な意志が、メガネをかけるという行為に象徴的にあらわれる。メガネをかけて真正面から晴山の顔をみつめる眼鏡っ娘。「今あたしのこと可愛い女の子だって思ったでしょ」という発言に込められた自信。つぼみが自分のことをブスだと思い込んで自信を持てなかったのは、自分のことを「見られる」だけの客体だと思っていたからだ。客体だと思っているから、他人の視線ばかりが気になる。しかしメガネをかけて「見る」主体となったとき、自分の意志で世界の見え方がまったく違うことを知る。メガネをかけることは、意志を持つ一人の人間として真正面から世界と向き合うことを意味する。他人の視線に左右されない自信が、ここではじめて生じるのだ。

自分に自信を持てない女の子こそ、メガネをかけて街に出よう。世界が違って見えるはずだ。

■書誌情報

つぼみと晴山の物語は、単行本『恋なんてできっこない』所収の4話と『赤いイチゴに唇を』所収の1話。メガネをかけて主体性を回復するのは『赤いイチゴに唇を』所収の「恋だけは放せない」。それぞれ電子書籍でも読むことができる。

単行本・Kindle版:中原みぎわ『恋なんてできっこない』 (フラワーコミックス、2002年)

単行本・Kindle版:中原みぎわ『赤いイチゴに唇を』 (フラワーコミックス、2002年)

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