この眼鏡っ娘マンガがすごい!第45回:釣巻和「あづさゆみ」

釣巻和「あづさゆみ」

集英社『Cocohana』2012年3月~13年1月号

甘酸っぱい思春期特有の切なさと温もりを描き切った秀作だ。
ヒロインの蔦乃鳴海は、眼鏡っ娘14歳、中2で三つ編み2本。幼馴染の「はる」からは「なる」と呼ばれている。過疎化が進んで中学校が統廃合され、2年生から電車通学することになった。いつも一緒に仲良く登下校していた二人だったが、お互いを男女として意識し始めてから、関係がギクシャクしはじめる。不器用な二人は、意地を張ってしまい、なかなか素直になれない。昨今ではこういう素直になれないキャラを一律に「ツンデレ」と呼ぶようだが、この作品の澄み切った空気にはぜひとも「意地っ張り」という言葉を適用したい。大人になりつつある自分の心身の変化にとまどう思春期特有の不器用さに対しては、「ツンデレ」という言葉は似つかわしくない。
そして、昔のままではいられない二人の関係に心が揺さぶられた眼鏡っ娘は、「大人になりたい」と強く願う。このときの眼鏡っ娘の表情が、胸に響く。

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自分がまだ「子供」だと自覚した時に、人は強く「大人になりたい」と願う。往々にしてそのときに思った「大人」と実際になってみた「大人」とは違っていることが多いわけだが、そのこと自体はたいした問題ではないだろう。「大人になりたい」という感情が自分の内側から湧き上ってくること自体が、かけがえのない経験になる。

眼鏡の描写にも注目したい。セルフレームの描写が極めて立体的で、眼鏡に圧倒的な存在感を与えることに成功している。見ていて、とても心地よい。そしてフレームを透明にして眼を見せるというマンガでしかできない描写をすることで、表情がさらに豊かに見える。単行本には読み切りで描かれた眼鏡のないバージョンがあるが、それと比較すると、眼鏡があることによって表情がいかに魅力的になっているかが一目瞭然だ。

さて、眼鏡っ娘は、最終的には「はる」くんといい雰囲気になるのだが。「はる」くんは学年一番の頭脳の持ち主のうえに、スポーツもできて、極めつけに優しい。眼鏡っ娘の相手として相応しいわけだが、その「はる」くんが眼鏡フェチである可能性について言及しておきたい。それは下の引用図に見える。

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忘れていった眼鏡を届けるのはいいとして。注目したいのは、眼鏡を手渡しするのではなく、自ら顔にかけてあげて、しかも「よし」と言っているところだ。実際に相手に眼鏡をかけさせたことのある人間ならわかるのだが、これ、簡単にはできないのである。きちんと眼鏡をかけさせることは、実は極めて難易度の高いミッションなのだ。この男は、中2にして、それを易々と達成している。眼鏡をかける練習を日頃から繰り返していなければ、こうはできない。この男は、明らかにメガネストだ。
で、たいへん衝撃的なことに、単行本のオマケ描きおろしで、なるが高校生になってコンタクトにしてしまったことが明らかになった。ガッデム!!!!!!!この大馬鹿野郎が!!!!
眼鏡を外した「なる」は、おそらく「はる」に振られることになる。「はる」は眼鏡の「なる」が特別に好きだったのであって、眼鏡を外した「なる」なんて眼中になくなるだろう。そこで「なる」がどういう選択をするか。これが二人の物語の第二章になるだろう。

■書誌情報

新刊で手に入る。
こういう甘酸っぱい思春期ものは、昔から『ぶ~け』や『別マ』など集英社少女マンガが得意なジャンルなように思う。いくえみりょう、逢坂みえこ、耕野裕子あたりの集英社少女マンガの良質のエッセンスを引き継いだ、とてもセンスのいい作品だ。また男性でも抵抗なく読める絵柄とストーリーのように思う。

単行本:釣巻和『あづさゆみ』(集英社、2013年)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第44回:森生まさみ「城南高校生徒会シリーズ」

森生まさみ「城南高校生徒会シリーズ」

白泉社『ララ』1988年~91年

044_02森生まさみの描く眼鏡っ娘は、男前だ。「城南高校生徒会シリーズ」のヒロイン(ヒーロー?)は、生徒会長を務める日下部圭子。恋愛沙汰がメインの話ではなく、学園で起こる様々なトラブルを眼鏡っ娘の知恵と勇気で解決する話だ。学園ドラマとして普通におもしろく、少女マンガが苦手な男子でも比較的すんなりと入っていける作品だと思う。

ストーリーがおもしろく、眼鏡っ娘をはじめとするキャラクターが活き活きと魅力的なのはともかくとして、眼鏡的に大注目したいのは、眼鏡の描き方だ。生徒会長がかけている眼鏡は黒縁セルフレームなのだが、その描写が非常に丁寧で見どころが多いのだ。特に卓越したセンスを感じるのは、ツルの描写である。実際にセルフレームを持っている人は当然知っていることなのだが、眼鏡のツルは単調な直線ではなく、なまめかしい曲線の組み合わせでできている。しかし残念ながら絵でこの曲線を丁寧に表現する作品はあまり多くない。森生まさみが描く眼鏡は、このツルの曲線がしっかりセクシーに再現されている。
注意したいのは、これが極めて高い技術に支えられているということである。そもそもツルをしっかり描くためには、その前提として眼と耳のデッサンが整っていなければならない。実はそれが非常に難しい。マンガで眼鏡のツルがあまり描かれないのは、マンガ家があえて描かないのではなく、実はデッサン上の問題で「描けない」のである。森生まさみは、この技術上の問題をあっさりとクリアしているからこそ、そのうえで眼鏡のツルの曲線をしっかりと描けるのだ。

そして下の引用図を確認していただきたい。ここまで丁寧に眼鏡のツルを描写した絵には、滅多なことでは遭遇しない。

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実に感動的な描写だ。眼鏡のツル自体が描かれることが少ないマンガ界にあって、ここまで丁寧に眼鏡を描写してくれる。本当にありがたい。会長がモテるのも、当たり前といえよう。

 

■書誌情報

044_01「城南高校生徒会シリーズ」は、単行本『生徒全員に告ぐ!』と『ヒロイズム前線』の全2巻。単行本は絶版で古本で手に入れるしかないが、人気があって大量に出回っているので手に入りやすい。文庫版を電子書籍で読むこともできる。

森生まさみには、他にも素晴らしい眼鏡っ娘作品が多い。ありがたい作家だ。

Kindle版:森生まさみ『生徒全員に告ぐ!』1巻(白泉社文庫)

Kindle版:森生まさみ『生徒全員に告ぐ!』2巻(白泉社文庫)

単行本:森生まさみ『生徒全員に告ぐ!』(花とゆめCOMICS―城南高校生徒会シリーズ、1991年)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第43回:あずまきよひこ「あずまんが大王」

あずまきよひこ「あずまんが大王」

メディアワークス『コミック電撃大王』1999年2月号~02年5月号

第43回だから、「よみ」ね。
『To Heart』の委員長を描いているころから「すげえ眼鏡っ娘を描く人がいるな」とは思っていたけれど、本作の眼鏡描写はそれにも増して感動的だった。世間に広く眼鏡っ娘の魅力を広めたという点においても、非常に重要な作品だ。眼鏡描写が秀逸なのは、下の引用図に明らかだ(※レイアウト上の都合で、オリジナルとコマの配置を変えてあります)。

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体育祭でメガネを借りるというネタなのだが、眼鏡描写上の要点が2つある。ひとつは、3コマ目の光学屈折描写。ふたつは、4コマ目で視力を奪われた眼鏡っ娘がヤブニラミになっているところである。

043_02光学屈折描写の原理については、第40回「マッド彩子」で言及した。本作も、明らかな意図を以て光学屈折描写を行っている、数少ない作品の一つである。作者の眼鏡に対する深い愛情と確かな理解が伺える。

そしてヤブニラミに関しても、明らかな意図を以て描かれている。右に引用した作品に明らかなように、眼鏡ONのときには普通の眼をしていた眼鏡っ娘が、眼鏡OFFでは厳しい目つきになっている(もちろんその厳しい目つきは、体重が厳しいというオチとかかっていて、興趣倍増)。視力が低い人なら実感できることなのだが、目を細めるとモノがよく見える気がするので、なにかを凝視するとひどいヤブニラミになる。眼鏡を外して美人になるなどということは現実にはありえず、単に一人のヤブニラミが現れるに過ぎない。

ここまで確認して分かるように、本作は実は徹底的にリアルに描かれている。よく「あずまんが大王」のおもしろさはエキセントリックなキャラクターにあると言われる。その見解自体は間違っていない。しかしそのエキセントリックなキャラクターたちのひとつひとつの言葉や行動に説得力を持たせて、読者の共感の基盤になっているのは、眼鏡描写に端的に見られるような徹底的にリアルな描写だ。リアリティがないままに単に風変わりなキャラクターを描いても、読者の共感は得られない。共感の基盤であるリアリティに支えられて、はじめて我々は風変わりなキャラクターたちの言動をおもしろく感じることができるのだ。ここが、あずまきよひこ本人と、追随者たちとを決定的に分かつ重要なポイントである。

つまり、私がなにを言いたいかと言えば、眼鏡っ娘をしっかり描かないマンガに未来は決してないということを、声を大にして言いたい。眼鏡っ娘をしっかり描いて初めて、読者に共感される優れた作品となる。眼鏡を外して美人になるなどという、一切のリアリティを欠いた描写を行う愚かなマンガは、決して読者の支持を得ることはないだろう。
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■書誌情報

人気のある作品なので、様々な形で読むことができる。

単行本セット:あずまきよひこ『あずまんが大王』全4巻完結(Dengeki comics EX)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第42回:竹崎真実「死に部屋」

竹崎真実「死に部屋」

朝日ソノラマ『ほんとにあった怖い話』1993年3月号~96年3月号

042_02第42回だから、「死に部屋」ね。
ということで本作はホラーマンガなわけだが、一般的にいって、ホラーと眼鏡の相性はあまりよくない。ホラーに眼鏡キャラが少ないわけではないものの、残念ながら不幸になってしまう娘が多いなど、あまり良い役割をもらえていないのだ。が、本作は幸運な例外と言える。眼鏡っ娘にして作者のマンガ家・竹崎真実が主人公を務めることにより、眼鏡っ娘の不幸を回避できたのだ。
そして本作が素晴らしいのは、主要舞台であるマンガ家の仕事場にやってくるアシスタントたちが、ことごとく眼鏡をかけているところにある。マンガ家とアシスタントの眼鏡っ娘たちが全てのページで躍動しまくり、ホラーなのになぜか心が躍ってしまう。特に奇跡的な構図は、右に引用したカットに見られる。奥からマンガ家・竹崎真実、同居人のねこち、アシスタントのHさんと並ぶ、これはまさに眼鏡っ娘三連星。眼鏡っ娘三連星は、現実にはコミケ会場やアニメイトといった腐女子が集まりやすい場所で稀に見かけることはあるものの、マンガのカットで目の当たりにすることはまずないといってよい。本作の場合は、現実にマンガ家とアシスタントが眼鏡っ娘ばかりだったという事実が作品に反映しているわけだが、それを眼鏡っ娘三連星の構図に昇華しえた作者のツキは相当のものがある。確実に作者の頭上には眼鏡の星がある。

作者が眼鏡の星の下に生まれた証拠は、作中にしっかり描かれている。なんと我々の御本尊さま(小野寺浩二『妄想戦士ヤマモト』を参照のこと)が、眼鏡っ娘の命を守るという奇跡的なエピソードが描かれているのだ。まず、眼鏡っ娘が遮光器土偶を購入するシーンが素晴らしい。

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042_01眼鏡っ娘は遮光器土偶に「メリーちゃん」という名前を付けて、部屋に飾ろうとする。しかし部屋はマンガ資料等で埋まっていて置く場所を確保できず、しかたなくメリーちゃんをトイレに鎮座させる。ところがなんと実は眼鏡っ娘の借りた部屋は恐ろしい「死に部屋」で、鬼門から悪い気が次々と溜まってくる場所にあった。眼鏡っ娘は「死に部屋」で次々と恐ろしい目に遭う。もしもメリーちゃんが存在していなかったら、眼鏡っ娘は呪い殺されていただろう。そう、実はメリーちゃんは「死に部屋」の悪い気を吸収して自分が犠牲になることにより、眼鏡っ娘の命を守っていたのである。「死に部屋」から引っ越しした眼鏡っ娘は、今度はトイレではなく仕事部屋にメリーちゃんを鎮座させたのだった。ありがとう、御本尊様! 今後もなにとぞ眼鏡っ娘に御加護を!

■書誌情報

単行本『死に部屋』に所収。古本では微妙にプレミアがついており、入手難度はそれほど低くはない感じ。

単行本:竹崎真実『死に部屋』 (ほんとにあった怖い話コミックス、1996年)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第41回:あろひろし「若奥さまのア・ブ・ナ・イ趣味」

あろひろし「若奥さまのア・ブ・ナ・イ趣味」

徳間書店『ヤングキャプテン』1988年1~3号

※以下、性的な話題を多く含むので、苦手な人は回避してください。

041_01前回の「マッド彩子」に引き続き、狂科学者の眼鏡っ娘マンガだ。

眼鏡っ娘の美衣加は、人妻マッド・サイエンティスト。手乗りのブラックホールを開発したり、夫のクローンの煮付けを作ったり、出来立て弁当を届けるために空間転移装置を作ったりと、毎日忙しい。その中でも驚天動地の発明は、自分の体を上半身と下半身に分割してしまう装置だ。なぜこんな装置を発明したかというと、美衣加はアイデアが閃くとすべてを放り出して発明に没頭してしまうのだが、それがセックスをしている最中だったら、夫を生殺しで放置してしまうことになる。そこで、自分が発明に取り組んでいる最中にも夫がフィニッシュできるように、上半身と下半身を分離させたのだった。夫が下半身だけの美衣加とズコズコやるシーンもトホホだが、膣痙攣のエピソードはマヌケ極まって衝撃だ。

041_02そんな美衣加が実は10歳だったことが第3話で明らかになる。美衣加の母もマッドサイエンティストで、なんと自分が開発した成長促進剤を実の娘で人体実験していたのだった。成長促進剤で大きくなった美衣加は、見た目は大人だが、実年齢は10歳であり、第3話で初潮を迎えることとなった。美衣加は初潮前にセックスしていたのだった。うーん、すごい。こんな話は他に見たことはない。青少年健全育成条例では、こういう例をどう判断するのだろうか??

041_03単行本には「それ行け!奥秩父研究所」も収録されている。こちらのヒロイン移木杉代もマッド・サイエンティスト。狂科学者らしく世界征服を志し、シャレにならない発明で世界をあと一歩で破滅させるところまで追い込む。とんでもない非常識なキャラだけど、だがそこがいい。こんな突拍子もないキャラクターは、あろひろしにしか描けない。

実は、ありそうであまり実例がないのが、眼鏡っ娘のマッド・サイエンティストだ。おそらく、マッド・サイエンティストをきちんと描くこと自体がそうとう難しく、大方は、アイデアを思いついても描写できないまま断念せざるをえないのだと思われる。本作の眼鏡っ娘は、あろひろしの実力なくしては生まれえなかったと言えよう。

あろひろしと聞いてすぐに思い出してしまうのは、80年代中期のコミケカタログのサークルカットだ。現在のコミケカタログでは、サークルカットをまたいで一連の絵にすることは禁止されている。実際に同じサークルが2スペース並んでいる場合でも、サークルカットは別々に描かなくてはならない。ところがそのルールは80年代半ばには存在しておらず、あろひろしのサークル「スタヂオぱらのい屋」は6カット連続で、つまり1行まるまる一繋ぎのイラスト(例の自画像のワニだが)を描いていたりする。現在の常識からは想像もできないし、当時でも他に例はほとんどなく、独創性溢れる試みだっただろうと思う。(逆に言えば、現在のサークルカットで連続イラストが禁止されているのは、ひょっとしたら、あろひろしのせいかもしれない?)。

眼鏡に関していえば、『優&魅衣』も歴史に記憶されるべき作品だろう。主人公の優はメガネ君だが、眼鏡を外すと人格が一変する。「眼鏡の不連続性」を「人格の不連続性」とリンクさせたアイデアだ。優のお姉さんも普段は厳格な眼鏡っ娘だが、眼鏡を外すと人格が一変して性欲が暴走する。この眼鏡の「不連続性」は、眼鏡の魅力を解き明かす上で極めて重要な意義を持つ(バタイユ的な意味で)ので、様々な作品を通じておいおい考えていくことになるだろう。

ただ一つ残念なのは、中期の代表作「ふたば君チェンジ」の眼鏡っ娘、酒仙洞音霧ちゃんが眼鏡を外して美人になるどころか、それが「パターン」だと描写してしまったことだ。眼鏡を外して美人だなどと世界の摂理を裏切った時点で切腹ものだが、さらにそれを「パターン」だと表現してしまったのは、返す返すも残念だ。それが起承転結の「起承」にすぎない不良品であることは、我々が繰り返し主張してきたところである。これほど独創性に秀でたマンガ家あろひろしにして、眼鏡神話(眼鏡を外して美人になるというウソ)の呪縛に囚われているとは、作家を責めるよりは、眼鏡神話が人々の心の闇につけこむ汚さを肝に銘じるべきということだろう。

■書誌情報

「若奥さまのア・ブ・ナ・イ趣味」も「それ行け!奥秩父研究所」も同じ単行本に収録されている。青少年健全育成条例にも引っかからず、現在でも入手できる。(※追記)絶版マンガ図書館にも収録されている。会員登録すれば無料で読むことができる。

単行本:あろひろし『若奥さまのア・ブ・ナ・イ趣味』 (少年キャプテンコミックススペシャル、1990年)

絶版マンガ図書館:あろひろし『若奥さまのア・ブ・ナ・イ趣味』

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第40回:伊藤伸平「マッド彩子」

伊藤伸平「マッド彩子」

小学館『増刊少年サンデー』1987年5月号

本作の眼鏡的な最大の見どころは、「光学屈折」の描写にある。まずは引用図を確認していただきたい。

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ヒロイン彩子の顔の輪郭線が、レンズの部分でズレているのが分かるだろう。これは「光学屈折」という物理上の現象だが、これをマンガでしっかり描写したのは、私が知る限り、伊藤伸平がもっとも早かった(※修正:ゆうきまさみ『究極超人あ~る』は、1985年時点でメガネ男子に屈折描写があります)。この業績によって、伊藤伸平は「屈折描写の父」と呼ばれている(主に私が呼んでいる)。この作品は1987年に発表されており、その先駆性には驚かざるを得ない。

近眼の人が眼鏡をかけてモノがよく見えるようになるのは、眼に入ってくる光が網膜上でしっかり像を結ぶように、光の角度をレンズによって「屈折」させるからだ。逆に、眼鏡っ娘の顔に当たって反射する光は、レンズを通るときに「屈折」する。レンズの部分で顔の輪郭がズレて見えるのは、そのせいだ。この現象自体は小学校の理科でも学ぶ簡単な原理ではある。が、光学屈折を絵できちんと描写することは99.999%ない。というか、できない。人間の脳は、眼で見たものを見たままに認識することは不可能だし、さらに言えば見たままに認識する必要もない。人間の脳が「見たいものしか見えない」ようにできていることは、心理学の「注意」概念の研究で知見が蓄積されている。目の前で現実に起きている「光学屈折」がマンガの絵でほとんど描写されないことは、人間の脳が見たままを見たままには認識しないことの一つの例と言える。
が、伊藤伸平は誰もが無視する「光学屈折」を的確に表現した。あまりにも不思議だったので、私はトークイベント「メガネっ娘居酒屋委員長」で、「どうして光学屈折を描くことができたのか?」と直接うかがったことがある。その回答に、また驚いた。彼は「だって、そう見えるじゃない」と、こともなげに言ったのだ。そう、伊藤伸平は、見たままを見たままに認識している! 恐るべし、伊藤伸平。彼を心理学の実験対象にしたら、人間の脳の能力についていろいろ新しい知見が得られることだろう。

040_03伊藤伸平が描く眼鏡っ娘は、とてもかわいい。主人公なのはマッド彩子くらいしか知らないが、重要なポジションを占めるレギュラーとして眼鏡っ娘がよく出てくる。『楽勝!ハイパードール』の間祥子ちゃんとか、『エンジェル・アタック』の友郷さんとか、容赦ない殺伐とした物語展開の中で一服の清涼剤となっている。
そのなかでも伊藤伸平初心者に安心してお勧めできるのは、『大正野球娘。』の川島乃枝さんかなと思う。原作付マンガではあるが、けっこうやりたい放題やっていて、いつもの伸平節は健在。乃枝さんで注目なのは、お風呂シーン。乳首が見えてもちっとも興奮しないが、湯船でもしっかりメガネをかけている姿を見ると興奮しますな、げへへへへ。

また、「マッド彩子」掲載誌の『増刊サンデー』は、80年代の眼鏡っ娘を考える上でたいへん重要な雑誌だ。みず谷なおき、安永航一郎、石川弥子、神崎将臣など、素晴らしい眼鏡っ娘を描いた作家が一堂に会している。増刊サンデーが育んだメガネ文化については、いちどしっかり考察する必要がありそうだ。

040_04ところで、表題作の「マッド彩子」だが。マッド彩子と聞くと、思わず藤子・F・不二雄のSF短編集「かわい子ちゃん」の松戸彩子を想起してしまうので、ついでといってはなんだけども。
トキワ荘のマンガ家は、事実として、ほとんど眼鏡っ娘を描かない。その中で松戸彩子は貴重なトキワ荘系眼鏡っ娘だ。そしてあの藤子・F・不二雄のメガネデッサンが完全に狂っていることにも注目していただきたい。デッサンの狂いは、横顔のメガネに明らかだ。だが、言われなければ、この眼鏡のデッサンが狂っていることに、どれだけの人が立ち止まるだろうか? 人間の脳が見たものを見たままには認識しないということである。だから、デッサンが狂っていることは、実はまったくたいしたことではないのだ。

■書誌情報

「マッド彩子」2話は単行本『アップル・シンデレラ』に所収。ただし第2話はオリジナル原稿紛失のためにコピーから版を起こしている。電子書籍で読むことができる。

Kindle版:伊藤伸平『アップル・シンデレラ』 (大都社、2000年)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第39回:小山田いく「ドリーマーの季節=ショウの妖精=」

小山田いく「ドリーマーの季節=ショウの妖精=」

秋田書店『月刊少年チャンピオン』1994年2月号

前回に続いて小山田いく作品。後味が悪い作品ではあるが、眼鏡的にはかなりおもしろい。
主人公のショウは、中一のころから夢の中で理想の女の子とセックスをして夢精を繰り返していた。ヤリチンの友人は、そんな夢を見るのは童貞のせいだと考えて、ショウに現実の女の子を紹介する。ショウの初体験の相手は、眼鏡っ娘で、処女だった。いよいよセックスに突入というときのシーンが、すごい。

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眼鏡っ娘のことを美人じゃないと思っていたのはともかく、眼鏡をはずしたら美人になるんじゃないかと思って試しに外してみて、やっぱり「そんなに美人じゃないんだ」と確認してしまうなんてエピソードは、ちょっと見たことがない。眼鏡を外して美人になるわけがないのは、物理的な真実ではある。が、主人公が敢えてそれを確認しにいくというエピソードは、なかなか強烈だ。

039_02しかしショウくんは、このあと眼鏡っ娘とデートを繰り返して、当初は気づいていなかった眼鏡っ娘の魅力を次々と発見していく。眼鏡っ娘はその存在自体が尊いのであって、顔が美人かどうかは些細なことであることに、ようやくショウも気が付き始める。そうなんだぞ、眼鏡っ娘はやることの一つ一つがいちいちかわいいんだぞ。
が、残念ながらショウはまだ子供だった。眼鏡っ娘の本当の尊さについに辿り着くことなく、夢の中に登場する理想の女にこだわって、眼鏡っ娘と別れることとなる。すると、ヤリチンの友人が眼鏡っ娘と付き合い始める。彼は、外見ではわからない眼鏡っ娘の本当の魅力に気が付いていた。いっぽうのショウは、失って初めて眼鏡っ娘の本当の素晴らしさに気が付く。外見にこだわっていた自分の愚かさにようやく気が付く。が、時すでに遅し。幸せそうな眼鏡っ娘を見送ったショウは、大人の階段を登っていくのだった。

まあ、ショウはどうしようもないやつだが、最後に眼鏡っ娘が幸せそうに笑ってくれたのは大きな救いだった。

■書誌情報

単行本『むじな注意報』第5巻に収録。が、どうも5巻だけ単独で手に入れるのは容易ではなさそうだ。全5巻セットもプレミアがついていて、入手難度はちょっと高めかもしれない。

単行本全巻セット:小山田いく『むじな注意報!』全5巻(少年チャンピオン・コミックス)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第38回:小山田いく「むじな注意報!」

小山田いく「むじな注意報!」

秋田書店『週刊少年チャンピオン』1996年37+38号~97年34号

038_01評価が難しい作品だということを、あらかじめ確認しておきたい。まず、代替の効かない優れた作品であることに間違いはない。特に主要登場人物のうち3人が魅力的な眼鏡っ娘であることは、極めて賞賛に値する。小野寺浩二や西川魯介ならともかく、一つの作品に複数の眼鏡っ娘を投入してくる作品は滅多にない。ましてや週刊少年誌掲載作品だ。さらに眼鏡っ娘ふたりがダブルヒロインとして主人公と三角関係になるところなど、類例は見当たらない。すばらしい。
しかしその一方で、3人の眼鏡っ娘のうち一人が眼鏡を外してかわいくなるなどという、例の愚かなアレをやっちまったのだった。ガッデム。この愚かな行為によってすべてが台無しになっているのか、それともやはり他に類を見ない優れた眼鏡っ娘マンガとして歴史に名を留めるべきなのか、その判断が非常に難しく、評価が定めがたいのだ。

そこで、まずはメガネを外して美人になってしまう内山礼子を詳しく見てみよう。注意したいのは、礼子の初登場が3話であって、当初からダブルヒロインの一人として予定されていたかどうかが怪しい点である。礼子は当初はギャグメーカーとして利用されており、主人公の顔にゲロをぶちまけたりクラスメイトに鼻水を噴射するなど、およそヒロインとはかけ離れたエピソードが連なっている。その礼子が美人になるのが、第12話「メガネをかけたシンデレラ」だ。お約束通り美人になった礼子は、礼子だと気づかれないまま、主人公のむじなやクラスメイトとデートする。遊んでいるときはとても楽しかったはずだが、家に帰るときはとても寂しい。それは、美人になった自分を、むじなやクラスメイトが自分だとわかってくれなかったからだ。少女マンガと同じく、やはり「アイデンティティ・クライシス」がテーマになっていると分かる。しかしさすが主人公、むじなだけは、それが礼子本人であることに気が付いていた。

038_02自分だと気が付いてくれた主人公むじなに、礼子は心から感謝する。「昨日の私…いくらかわいくても浮かれシンデレラ。ほんとの私は今の私」。そう、これは乙女チック少女マンガの起承転結構造だ。この12話を見る限り、本作は眼鏡っ娘を眼鏡のまま受け入れるという、眼鏡王道で間違いないのだ。

しかし惜しいことに、連載が進むうちに、眼鏡をとると美人になるエピソードが、アイデンティティとは無関係に安易に使用されるようになっていく。それに伴って、最初はギャグメーカーだった礼子がストーリーの中核に躍り出てくるようになる。これは私の憶測にすぎないが、12話に見られるような当初予定されていた乙女チック路線が、読者アンケート等を反映するうちに外見だけを重視する男目線の眼鏡描写へと傾いていったのではないだろうか。正直に言って、3巻までは楽しいのに、4巻以降は読みすすめるのが辛くて辛くて仕方がないのだ。
ということで、眼鏡至上主義的な私個人の観点では、前半は稀に見る傑作、後半は普通の少年マンガという評価になるだろう。

038_03他の眼鏡っ娘2人は、眼鏡を外して美人になるなどということはない。もしなっていたとしたら、八つ裂きにするところだった。永森樹美子は真面目で優しい優等生タイプの眼鏡っ娘で、むじなのことが密かに気になっているツンデレキャラ。第12話で礼子がかわいくなるエピソードでは、礼子を応援しているように見せながら、心の中ではツンデレっているところがとてもかわいい。当初はメインヒロイン扱いかと思われたが、途中からその座を礼子に奪われてしまう。とはいえ、最後まで重要な役割を果たし続ける。本音を言えば、彼女にするなら礼子よりも樹美子のほうが絶対にいいと思うんだがなあ。

038_043人目は、比較的登場シーンは少ないものの、存在感のあるエピソードで活躍を見せる遠藤聖代さん。とても図書委員らしい雰囲気を漂わせているが、エッチなおじさんにアッパーカットを喰らわせて撃退する意外性が魅力的な眼鏡っ娘だ。聖代さんが活躍する回は、独特の魅力に満ちている。

というわけで、たいへんもったいない面があるものの、他に代わりが効かない傑作であることはもちろん間違いがない。最後のシーンまで礼子ちゃんがきちんと眼鏡をかけていたことは、本作の良心だろう。

さてしかし、作者の小山田いくが眼鏡的にさらに素晴らしいのは、実は「むじな注意報」単行本第5巻に同時収録された読み切り作品に見える。それについては、また次回に。

■書誌情報

新刊では手に入らないようなので古本で入手するしかないのだが、驚くべきプレミアがついている。本作だけでなく、小山田いく作品全体がプレミア価格になっている。どういうことだ。

単行本セット:小山田いく『むじな注意報!』全5巻(少年チャンピオン・コミックス)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第37回:中条比紗也「黄昏はささやく」

中条比紗也「黄昏はささやく」

白泉社『花とゆめ』1995年14号

037_01本作は、「眼鏡っ娘起承転結理論」の教科書とも呼べるような、非常に美しい構造を示している。稀に見る極めて美麗な結晶構造で、起承転結理論のエッセンスを詰め込んだ傑作なので、多くの眼鏡っ娘ファンに触れてほしい作品だ。

ヒロインの近藤名菜は眼鏡っ娘女子高生。辻先輩という彼氏がいるのに、いきなり目の前に現れた編入生の加納くんに「本当の自分を知りたくはないですか?」と声をかけられて、激しく動揺する。このあとの展開で、現在の彼氏の辻くんが大馬鹿野郎で、編入生の加納くんが我々のスーパーヒーロー・メガネスキーであることが明らかになっていく。
加納くんは絵が達者で、眼鏡っ娘に声をかけてモデルになってもらう。眼鏡っ娘は身長が高いことをきにかけていたが(残念ながら具体的な身長は明らかではない)、もちろん加納くんはそんなこと気にしない。むしろ「今のあなたは自分の長所を活かしきれていない。それじゃあ宝の持ち腐れです」と語りかける。最初は警戒していた眼鏡っ娘も、徐々に心を開き始める。

037_02そしてもちろん眼鏡っ娘の心を変化させた決定的なエピソードは、メガネだった。絵のモデルをしている最中にコンタクトのせいで眼が痛くなった眼鏡っ娘に対して、メガネスキー加納が決定的なセリフを放つ。「コンタクト、体質に合わないんでしょう? 眼鏡をかければいいのに」。そして眼鏡っ娘が、辻先輩に命令されてメガネを外していたという事実が明らかになる。メガネを外させた辻先輩のことを、加納くんは「わがままなだけですよ」と一蹴する。そのとおり。加納くんは、完全に世界の真理を掴んでいる。メガネを外そうとする男は、間違いなくただのわがままな男だ。この心理を掴んでいる時点で加納くんの勝利は確実だったと言える。徐々に辻先輩への不信感を募らせる眼鏡っ娘の気持ちは、メガネを認めてくれた加納くんへ反比例するように傾いていく。加納くんが描いた絵の中で笑う自分の姿を見て、もはや完全に自分の気持ちが加納くんに傾いたことに気が付いた眼鏡っ娘は、それを否定するかのように、メガネを外しながら逃げようとする。そこでメガネスキー加納くんが最後の完璧なダメ押しを放ち、勝利を確かなものとしたのだった。

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メガネを外そうとする眼鏡っ娘の腕を掴みながら、「はずさなくていい……無理に自分を変えないでいいんです」……こんなこと言われたら、惚れてまうやろ!

037_04そして眼鏡っ娘は、完全に認識する。メガネを外させていた馬鹿野郎の辻先輩は、「あたし」を好きだったのではなく、単に「ききわけのいい彼女」が好きだったのだと。女を都合よく扱う男ほど、メガネを外したがる。その世界の真理に気が付いた眼鏡っ娘は、メガネをかけることによって「本当に自分」をしっかり掴むのだった。

本作は34ページの小品のため、「眼鏡っ娘起承転結理論」のうちの「起」を簡略化した構造となっているが、「承転結」の展開は理論値を最高レベルで体現している。承=メガネを外した私が愛されている。転=しかし「本当の私」が愛されていたわけではなかったことが分かる。結=メガネをかけた「本当の私」が愛される。そしてこの「本当の私」とは、メガネをかけた私である。本作には「本当の私」という乙女チック少女マンガのキーワードがそのまま登場しており、乙女チック構造を理解するための教科書として使用するべきレベルの良作と言えよう。

■書誌情報

単行本『ミッシング・ピース』の第2巻に所収。相当に人気があった作品の第2巻なので、古本で容易に入手することができる。

単行本:中条比紗也『ミッシング・ピース』第2巻 (花とゆめCOMICS、1996年)

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この眼鏡っ娘マンガがすごい!第36回:島本和彦「炎の転校生」

島本和彦「炎の転校生」

小学館『週刊少年サンデー』1983年31号~85年48号

036_01s島本和彦初期の代表作「炎の転校生」は、一般には貧乳萌えマンガだと勘違いされているが、実際は眼鏡っ娘マンガだ。まず滝沢のライバル城之内が、かなり徳の高いメガネスキーだ。国電パンチを喰らって倒れた城之内が立ち上がろうとしたとき、その視線の先に眼鏡っ娘がいた。「ゆかりちゃんより…おれの好みの…娘が…いたっ!?」と心で叫ぶ城之内。実は国電パンチのダメージはたいしたことはなく、立とうと思えば立ち上がれたのだが、城之内はヒロインのゆかりちゃんよりも眼鏡っ娘を彼女にしたいと思ったため、わざと立ち上がらなかった。そう、滝沢と城之内の不毛な勝いに決着をつけたのは、眼鏡っ娘のかわいさだったのだ!

そして城之内は見事に眼鏡っ娘と付き合い始めるのだが、さらにメガネスキーの道を貫く。右手を負傷して入院した城之内が看護婦さんに囲まれてハーレム状態になるのだが、その図を確認していただきたい。

036_02

4人のうち、2人が眼鏡っ娘。眼鏡率50%。全員メガネじゃないところは残念なことに徳が不足しているが、あだち充と高橋留美子というツートップがまったく眼鏡を描かなかった眼鏡暗黒期の週刊少年サンデーに載っていたことを思い合せると、これは快挙と言うべきだろう。ありがとう、城之内。

036_04本作の眼鏡はそれにとどまらない。話が進むたびに、衝撃の事実が明らかになる。ブラック滝沢との戦いのなか、回想シーンにおいて、滝沢が中学2年のときに好きだった女の子がなんと眼鏡っ娘だったことが明らかになる。眼鏡っ娘の愛を勝ち取るために、滝沢は若月と壮絶な戦いを繰り広げることになる。

さらに、滝沢に刺客として送り込まれた「戦闘フォー」という4人組の女の子のうち、一人が眼鏡っ娘だ。もちろんこれは実在のアイドルグループ「セイント・フォー」のオマージュではあるが、他にも選択肢がいくつもあるなかで、しっかり板谷祐美子を擁するセイントフォーを投入してくるあたり、島本和彦の確かな眼力が伺える。

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ここまで確認してきたエピソードで注意したいのは、本作にはメガネだからといって容姿が劣るなどといった愚かな観念が1ミリたりとも現れていない点だ。むしろ眼鏡っ娘は積極的に美人として描かれている。モブキャラでも眼鏡っ娘がたくさん登場する。そして眼鏡エピソードの極めつけは、陽子と中性子だろう。

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秘密教育委員の郷路の娘が、二人とも眼鏡っ娘。滝沢は眼鏡っ娘のサポートを得て次々と敵を倒していく。戦いの中、中性子は年下の滝沢のことを好きになる。なうまん高校の戦いに決着がつき、いよいよ最後の戦いへと出発する滝沢に、中性子は自分の眼鏡をプレゼントする。

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「このメガネ、私だと思って大切にしてね」……これほど魂が込められたセリフがあるだろうか。いや、ない。「炎の転校生」のあらゆるエッセンスがこの一言に込められている。そして魂のこもった眼鏡をかけて最後の戦いに向かった滝沢は、勝利したのだ。というか、新幹線を降りた時にはいつのまにか眼鏡がなくなっていたけど、ちゃんと中性子ちゃんのメガネ大切にしているんだろうな、滝沢ぁ!!!!

■書誌情報

人気があって大量に出回ったので、いろいろなバージョンもあって、手に入りやすい。電子書籍で読むこともできる。

単行本全12巻セット:島本和彦『炎の転校生』(少年サンデーコミックス)全12巻完結セット
Kindle版:島本和彦『炎の転校生』(1巻) (少年サンデーコミックス)

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